防災ジオツアーの例

南紀熊野ジオパークで選定されているジオサイトの中で防災教育に利用できるは, 豪雨による土砂災害に関するサイトが8箇所,地震・津波災害に関するサイトが10箇所,洪水に関するサイトが4箇所になります(図-5). ただし,これらのサイト単独で防災教育に利用するよりも,いくつかのサイトを上手く組み合わせて防災教育に関するジオツアー (防災ジオツアー)を組むほうが効果的です. また,防災ジオツアーにはジオサイト以外の場所を組み込むことでより効果的な防災教育が可能になります. 次にいくつかの例を示します. これらは,南紀熊野ジオパークを利用した防災ジオツアーを災害形態別に考えたものです. ただし,豪雨災害と地震・津波災害を組み合わせたツアー,防災教育だけでなく環境教育も組み合わせたジオツアー, 防災教育と観光を組み合わせたジオツアーなど, 紀伊半島の至る所に存在する地域資源を組み合わせることで無数のジオツアーを考えることができます.

図-5 南紀熊野ジオサイト(土砂災害,地震,津波災害,洪水に関する防災教育に利用可能なもの)

豪雨による土砂災害(火成岩体)を学ぶジオツアー(東エリア:新宮市)

平成23年9月の台風12号により熊野川では洪水や土砂災害(土石流)などにより甚大な被害を受けました. 復旧・復興は進んでいますが,国道168号線を河川沿いに移動すると対岸の三重県側を含めて, 今でも多数の土石流跡を見ることができます(写真-6). また,新宮市の田長にある道の駅”瀞峡街道・熊野川”には紀伊半島大水害の慰霊碑が建設されています(写真-7). そこで,熊野川流域沿いにあるジオサイトに災害現場や災害慰霊碑・記念碑を組み合わせることが考えられます. 図-6はここで考えるジオツアーの対象エリアになります.ジオサイトとしては, 熊野川下流部には花崗斑岩の風化コアストーンが観察できる 神倉山のゴトビキ岩と柱状節理が観察できる 熊野川九里峡, 中流部の熊野川町相須付近には花崗斑岩の柱状節理が観察できる 椋呂の火成岩があります. そして,これらの間に道の駅”瀞峡街道・熊野川”があり,土石流跡も両岸に点在しています. したがって,このエリアでは豪雨による土砂災害(火成岩体)について学ぶ防災ジオツアーを組むことが十分可能と思われます.

図-6 新宮市(熊野川流域)を対象とした防災ジオツアーの候補地
(ジオサイト,紀伊半島大水害による主な土砂災害現場,紀伊半島大水害慰霊碑)
写真-6:熊野川流域の土石流現場(三重県側)
写真-7:道の駅”瀞峡街道・熊野川”にある紀伊半島大水害の慰霊碑

豪雨による土砂災害(火成岩体)を学ぶジオツアー(東エリア:那智勝浦町)

平成23年9月の台風12号により那智川流域や色川でも洪水や土砂災害(土石流)などにより甚大な被害を受けました. 図-7はここで考えるジオツアーの対象エリアになります. 那智勝浦町の防災教育に利用できるジオサイトには花崗斑岩の柱状節理が観察できる 宇久井半島那智の滝大狗子半島の海岸, および風化コアストーンが観察できる 色川の土石流犠牲者供養岩があります.風化コアストーンが観察できるジオサイトに 大雲取越もありますが, ここは場所が離れていることから,今回の防災ジオツアーの対象からは外すことにします. また, 色川の土石流犠牲者供養岩を含めると平成23年台風第12号で土砂災害が多発した那智勝浦町には,土砂災害が多発した大きな原因となった花崗斑岩の風化過程を観察できるジオサイトが複数存在します. 一方,那智川流域や色川を通る県道43号線や45号線を走っていると紀伊半島大水害時に発生した土石流跡地(写真-8)および災害対策として建設された砂防堰堤(写真-9)をいくつも見ることができます. さらに,紀伊半島大水害で甚大な被害が発生した那智川流域には,土砂災害の記録や最新の研究成果を展示して災害への備えや教訓などを啓発することを目的とした土砂災害啓発センターが2016年4月に開所しました.さらに,那智川流域内の井関地区には紀伊半島大水害記念公園があります(写真-10). したがって,このエリアにおいても豪雨による土砂災害(火成岩体)について学ぶ防災ジオツアーを組むことが十分可能と思われます.

図-7 那智勝浦町における防災ジオツアーの候補地
(ジオサイト,紀伊半島大水害による主な土砂災害現場,紀伊半島大水害記念公園)
写真-8:那智勝浦町色川の口色川地区の土石流跡
写真-9:災害対策として建設された砂防堰堤
写真-10:紀伊半島大水害記念公園(井関地区)

土砂災害(付加体)を学ぶジオツアー(南エリア・西エリア)

豪雨による土砂災害をテーマとした防災ジオツアーとしては,付加体の四万十帯における大規模斜面崩壊について学ぶことも重要です. 紀伊半島大水害ではみなべ町と田辺市で大規模な斜面崩壊が発生しました.両自治体は南紀熊野ジオパークの対象外エリアですが, 田辺市の西部に位置する災害現場は位置的に南紀熊野ジオパークと組み合わせることが可能と思われます.現時点で候補となるのは真砂,熊野,深谷の3箇所です. 図-8は今回考えるジオツアーの対象エリアであり,これらの災害現場に近いジオサイトは,すさみ町にあるスラストが観察できる オン崎海岸 と褶曲が観察できる フェニックス褶曲になります. ただし,これら2箇所と一番近い災害現場である深谷の間の移動にも1時間近くはかかるため, 市江崎白浜の泥岩岩脈日神社の津波警告板など, 地震・津波災害に関するジオサイト候補地も途中に組み込み豪雨災害と地震災害の両方を対象としたジオツーとするか,和歌山県南部の観光地として最も有名は白浜での観光を組み込むなどの工夫が必要になるかもしれません.

図-8 紀伊半島南西部における防災ジオツアー(豪雨災害+地震・津波災害)の候補地
(ジオサイト,紀伊半島大水害による土砂災害現場)

地震・津波災害を学ぶジオツアー(南エリア・西エリア)

地震・津波災害をテーマとしたジオツアーの対象エリアは図-9になります.白浜町からすさみ町にかけてある 市江崎白浜の泥岩岩脈日神社の津波警告板 に加えて,串本町の 橋杭岩袋の津波到達標柱九龍島と鯛島, 那智勝浦町の 天満の大津浪記念碑弁天島とお蛇浦, 新宮市の 孔島・鈴島 といったように海岸線沿いに数多く見られます. さらに,串本町には海底土石流跡の サラシ首層 がありますので,これらを利用した防災ジオツアーも考えられます.

図-9 紀伊半島南部における防災ジオツアー(地震・津波災害)の候補地(ジオサイト)

洪水を学ぶジオツアー(西エリア:上富田町)

洪水をテーマとしたジオツアーでは,ジオサイト4箇所が候補地になります.紀伊半島大水害では富田川では破堤は起きませんでしたが, 真砂の土砂災害により富田川の河道が閉塞し土砂ダムが形成されました(写真-11).すでに土砂ダムは取り除かれていますが, 富田川に沿って通っている国道311号線からは土砂災害跡を見ることができます.この現場とジオサイト3箇所( 彦五郎堤防富田川の潜水橋富田川の川替え跡) を組み合わせた豪雨災害に関する防災ジオツアーを 組むことができるかもしれません.図-10はこのジオツアーの対象エリアを示しています. これに対し, 古座川の潜水橋 は洪水に関するジオサイトとは離れているので,洪水をテーマとした防災ジオツアーを組み立てるのは難しいですが, 紀伊半島大水害では古座川や太田川でも洪水が発生しています.そこで, 紀伊半島大水害で洪水が発生した場所や土砂災害発生現場を利用したジオツアーが考えられるかもしれません.

図-10 富田川流域(上富田町,田辺市中辺路町)における防災ジオツアー候補地
(ジオサイト,紀伊半島大水害による土砂災害・河道閉塞現場)
写真-11:斜面崩壊により生じた土砂ダム(田辺市中辺路町真砂,富田川)
(写真は災害発生から2週間後に撮影したものなので,すでに河道閉塞は解消されている.)