防災教育に使えるジオサイト

南紀熊野ジオパークは紀南の9市町村と奈良県十津川村の一部を対象に107箇所(2015年9月時点)のジオサイトが選定されています. これらのジオサイトは,地質,地形景観,自然生態系,文化歴史,食・農林水産業,防災に分類されていますが, 防災教育という視点であれば地質,地形景観および防災に分類されているジオサイトを利用することになります.

地質・地形景観のジオサイト

地質と地形景観および防災に分類されたジオサイトは合計100箇所ありますが,付加体が23箇所,火成岩関連が31箇所,堆積岩が43箇所,地形景観が54箇所です(重複箇所あり).このうち,紀伊半島における豪雨由来の土砂災害は付加体(四万十帯)分布域における大規模斜面崩壊と火成岩体(熊野酸性火成岩類)分布域における表層崩壊・土石流に大別できますので,付加体23箇所と火成岩体31箇所が候補地として残ります(図-4).

図-4 南紀熊野ジオサイト(地質が付加体か火成岩に分類されているもの)

付加体(四万十帯)

まず,付加体である四万十帯が分布している地域では,平成23年の台風12号では深層崩壊を含む大規模な斜面崩壊が数多く発生しました. これらの発生機構については,山腹斜面の傾きとスラストや地層の傾きが同じ方向の流れ盤で発生していることがわかってきました. スラストは付加体の大きな特徴として挙げられます.このようなスラストが観察できるジオサイトとしては, 篠尾川渓谷(新宮市)オン崎(すさみ町)があります. また,伴待瀬海岸のダイアピル(太地町)では, スラストを直接観察できるわけではありませんが,スラスト運動による地下水圧の上昇によって生じた泥ダイアピルが見られます.

スラストは大規模な斜面崩壊を引き起こす大きな原因になりますが,スラストがない場所でも,山腹斜面と地層の傾きが同じであれば, 地層境界がすべり面となって斜面崩壊が発生することがあります.付加体は海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込むとき, 海洋底の堆積物がはぎ取られて陸側に押しつけられてできる構造体なので,海溝より陸側の斜面先端部にいくつもの逆断層で繰り返し 積み重なった構造を示し,また地層は大きく褶曲しています.このため,地層の傾きが山腹斜面の傾きと同じ場所は流れ盤となり, 斜面崩壊がおきやすくなります.このような褶曲も付加体の大きな特徴であり,フェニックス褶曲(すさみ町)はその代表例です.

火成岩体(熊野酸性火成岩類)

平成23年の台風12号では,火成岩体(熊野酸性火成岩類)の分布するエリアでは表層崩壊と土石流が数多く発生しました. 熊野酸性火成岩類の中の花崗斑岩は柱状節理が発達し,この節理の割れ目に沿って風化しやすい性質を持っています. そして,風化が進むとタマネギ状風化により,角の取れた風化コアストーンが形成されます. したがって,風化の進んだ花崗斑岩分布域の山腹斜面では,表層部に風化コアストーンを含んだ地層が形成されます(写真-4).

写真-4:花崗斑岩の風化帯(風化コアストーン)

紀伊半島大水害で土石流が発生した渓流河川の斜面では,このような表層土の崩壊が多数見られます. また,渓流の緩傾斜部には過去の土石流で発生した土砂が堆積していて(写真-5), これが表層崩壊によって排出された土砂とともに土石流化していました. 火成岩を対象としたジオサイトの中で,花崗斑岩の風化過程が観察できるのは, 柱状節理が観察できる5箇所と風化コアストーンが観察できる3箇所です. 柱状節理が観察できるのは, 熊野川九里峡(新宮市)椋呂の火成岩(新宮市)宇久井半島(那智勝浦町)那智の滝(那智勝浦町),および 大狗子半島の海岸(那智勝浦町)です. 一方,風化コアストーンが観察できるのは, 大雲取越(新宮市旧熊野川町)神倉山のゴトビキ岩(新宮市),および 色川の土石流犠牲者供養岩(那智勝浦町)です.

写真-5:渓流河床に堆積している旧土石流堆積物

洪水

以上が紀伊半島において発生する豪雨土砂災害を理解するために役立つジオサイトです. ただし,地質,地形景観および防災に分類されるジオサイトは100箇所あり, 豪雨由来の土砂災害以外の自然災害についても学べるジオサイトが多数あります. 豪雨由来の災害としては洪水がありますが,洪水に関係するジオサイトとしては4箇所が選ばれています. 過去に氾濫を繰り返していた富田川流域では3箇所が防災の分類で選ばれており, 富田川の治水のために人柱になったという彦五郎の伝説がある 彦五郎堤防(上富田町), 洪水で破壊されない橋として建造された 富田川の潜水橋(上富田町), および450年前の河川改修跡が見られる 富田川の川替え跡(上富田町)です. もう1箇所は古座川で,増水時には川の中に潜ることで流木などによる被害を避けられるようになっている 古座川の潜水橋(古座川町)になります.

地震

豪雨災害だけでなく地震・津波災害も紀伊半島では無視できません. ヤッコカンザシというゴカイ類は,中から低潮位付近の岩礁に石灰質の棲管を形成して固着する生物で,その上限高度が平均海面に一致します.このため,過去の海面の指標として用いられてきました.このようなヤッコカンザシの群生跡を観察できるジオサイトは, 孔島・鈴島(新宮市)九龍島と鯛島(串本町)の2箇所で,過去の南海トラフ地震による隆起を示唆するものと考えられています. また紀伊半島南部には,地震に伴う隆起がくり返して形成された地形である海岸段丘が発達し, 千畳敷(白浜町)江須崎(すさみ町)潮岬の海岸段丘(串本町)燈明崎(太地町)宇久井半島(那智勝浦町)高野坂(新宮市) など9つのジオサイトがあります. また富田川流域の活断層帯には, 下鮎川の河岸段丘(上富田町)市ノ瀬の河岸段丘(上富田町) の地形が発達し,ジオサイトに設定されています. プレート境界型地震の特徴を示唆するものとして,付加体に形成されたスラストやプレート境界から派生した巨大分岐断層に沿って流体が上昇したことが引き金になり,地下深くの泥が液状化して上昇してできた泥ダイアピルが, 市江崎(白浜町)伴待瀬海岸のダイアピル(太地町)弁天島とお蛇浦(那智勝浦町), あるいは泥ダイアピルから分岐したと考えられる 白浜の泥岩岩脈(白浜町) など5つのジオサイトがあります. また,観光名所としても知られているジオサイト 橋杭岩(串本町) はマグマが熊野層群に貫入した流紋岩(石英斑岩)の岩脈であり, 岩脈が崩壊して波食棚に散在する漂礫は巨大地震による津波で運ばれたとされています. さらに,過去に海底で発生した土石流によって形成された サラシ首層(串本町)も, 紀伊半島の地質形成と地震との関係性を学べるジオサイトといえます.また防災啓発に利用できるジオサイトとして,宝永地震(1707年)の被害状況や津波襲来時の避難方法を書き記した 日神社の津波警告板(白浜町), 1944年に起きた東南海地震の津波記念碑がある 天満の大津浪記念碑(那智勝浦町), 1946年の昭和南海地震の津波到達の標柱がある 袋の津波到達標柱(串本町)があります.

以上が南紀熊野ジオパークの中で防災教育に使えるジオサイトになります(図-5).

図-5 南紀熊野ジオサイト(土砂災害,地震,津波災害,洪水に関する防災教育に利用可能なもの)