和歌山大学 システム工学部 精密物質学科

  篠塚雄三

第3回 丈夫でサビず柔軟性

 −アモルファス金属の特性−

 

       


 

 ○ アモルファス金属
 融けた金属を冷たいローラーなどに吹き付けると、原子が規則正しく配列するひまもなく固まり、アモルファス金属を作ることができる。原子が規則正しく配列している結晶金属と比べて、配列の乱れたアモルファス金属はその特性が劣るように、一見思えるのであるが、実はそうではない。その理由は、ふつうの結晶金属は、転位と呼ばれる、原子の積み重ね構造の乱れを無数に含んでいるからである。いま、金属を引っ張ったり、曲げたりして力を加えると、転位の部分に集中的に力がかかる。そして転位周りの原子が動くことで、転位自身は移動したり新たな転位を作りながら増殖し、ついには結晶全体が破断してしまう。(均一な社会では、完全に均質でないかぎり、一番弱いところにしわ寄せがくる!)
 したがって普通の結晶金属では、その中に含まれる転位の種類と数で力学的強さは決まってしまう。一方、アモルファス金属は、いたるところで原子配置融通性に富むため、歪(ひず)みが全体に均一に分散され、より強いねばり強さを示すことになる。転位がないという理由で、アモルファス金属は腐食に対しても強い。ステンレス(鉄・クロム合金)は錆(さ)びにくいことで有名であるが、それは不動態皮膜と呼ばれる皮膜で表面が覆われているからである。しかし結晶では、どうしても転位が表面に現れているところがあり、その部分は不動態皮膜ができにくい。むきだしの金属原子は化学反応を起こしやすく、結晶ステンレスは転位のところから腐食が進行してしまう。一方、アモルファス・ステンレスでは表面での原子配置の乱れが一様であるため、均質な不動態皮膜ができる。したがって、すばらしい耐腐食性を示すことになる。
 ところで鉄やニッケルなどは磁界を加えると磁石になることはよく知られている。このような物質(強磁性体と呼ばれている)では、原子自身が小さな磁石になっていて、そのNムSの向きを互いにそろえるような力が働くため、原子磁石は皆同じ方向を向いている。しかし、たとえばクギなどのふつうの鉄は磁石になっていない。その理由は、強磁性体では磁区と呼ばれる構造をもっていることにある。ひとつの磁区の中では原子磁石の向きはそろっているが、結晶の外にでる磁力線の数を減らして、磁気エネルギーを少なくするため、異なる磁区では別の方向を向く。したがって全体としては磁石の特性を示さない。いま磁界を加えると、磁針が北極の方向を向くように、磁界とは違う向きの磁区の原子磁石も磁界方向を向きたがる。しかし磁区の内部にある原子は周囲の原子との「しがらみ」もあって、向きを変えにくい。そこで磁区の境界にある原子が「寝返る」ことになる。将棋倒しのように原子磁石が次々と「寝返る」ことで磁区の境界線が動き、磁界方向の向きをもった磁区の領土が拡張し、全体として磁石の性質をもつようになる。この領土拡張が固定化し、磁界をゼロにしても元に戻らなくなったものが永久磁石である。
 さて、電源トランスの鉄芯などでは、いったん移動した磁区の境界線が再びスムーズに戻ってくれないと、電力エネルギーの損失が生じてしまう。もし結晶中に転位が存在すると、磁区の境界の移動はそこで妨げられ、ぎくしゃくした動きになる。しかしアモルファス金属では均質に乱れているため(転位のように、どこが乱れているというようなはっきりした境目がない)、磁区の境界の動きはなめらかになる。このスムーズな磁気特性を生かして、アモルファス金属は電源トランスの鉄心やテープ(ビデオ)レコーダーの磁気ヘッドなどに応用されている。


結晶の中の転位の例

磁区と磁壁、(a)短磁区構造、(b)磁区への分割、
(c)還流磁区、(d)ブロッホ壁