和歌山大学 システム工学部 精密物質学科

  篠塚雄三

第2回 結晶学の常識を覆す

 −不思議な性質フラクタル−

 

       
 

 冗談はさておいて、結晶構造に話を戻すと、結晶構造の形はいったい何種類あるのであろうか。それは、3次元空間を同じ形のブロック(単位胞)で、並進対称性をもたせながらすき間なく埋め尽くす方法の数となり、群論という数字を用いると、全部で230種類あることがわかる。したがって、この世界のすべての固体は230種類の結晶の構造のいずれかということになるのであるが、何事にも例外がつきものである。つぎにその例外を三つ紹介する。

^ 五回対称(準結晶)
 結晶の基本単位となる単位胞には必ずある種の点対称が伴う。たとえば、2次元平面の世界でのタイル貼りを考えよう。正方形や長方形、正三角形、正六角形の形のタイルは売っているが、正五角形のタイルは見たこともないし、実際平面をすき間なく埋め尽くすことはできない。このことに対応して、3次元対称性(360÷5回転すると元通りになる)をもった構造はない、と、つい最近まで信じられていた。
 ところが1984年にアメリカの物理学者たちによって、アルミニウムとマンガンのある種の合金が五回対象を示すことが見いだされ、結晶学の常識が覆されてしまった。その後、この構造は、1977年にイギリスの数理学者ペンローズによって考案されていた2次元平面上のタイル貼りの方法(並進対称性をもたないが、五回対称性をもつ)の三次元版であることが明らかになった(さすがはイギリスの学問の深さ!)

準結晶5回対称面の電子線回析パターン ペンローズ・パターンとそれを構成する2種の菱形

 並進対称性を持たず、本来の結晶の概念からはみ出したこの構造は準結晶と呼ばれている。準結晶には不思議な性質、たとえば自己相似性(フラクタル=たとえばモミの木では、歯の形と枝あるいは木全体の形が互いに似ている。このように部分と全体の構造が似ていること)がある。自己相似性が物質の性質にどのような影響を与え、その性質が普通の結晶とどのように異なるかについては現在研究が進行中である。


フラクタルの一例: ブラウン粒子の非可逆的な凝集の繰り返しによって成長する
diffusion-limited aggregation (DLA)

 

_ 液晶
 氷が溶けて水になるように、固体は温度が上がると液体になる。液体になると、結晶の対称性は完全になくなり、原子はでたらめに分布する。ところで、棒状分子からできているある種の物質では、一つの方向には分子が規則正しく配列しているのに、べつの方向に関してはでたらめに分布する。このように、一次元あるいは二次元方向に関してのみ融けている物質を、液体と結晶の中間という意味で液晶と呼んでいる。
 さて、液晶の両端に電圧をかけると、並んでいる棒状分子の方向を簡単に変えることができる。したがって、液晶に光を当てたとき、電圧を加えることで光の反射率を変化させることができる。この特性を生かして、液晶は時計や電卓の表示板、液晶テレビなどに広く応用されている。


液晶の構造
上がネマチック相、下がスメクチック相。

電圧をかけると分子の向きが変化する

` アモルファス
 液体を冷やしていくと、でたらめに分布していた原子がある臨界温度で規則正しく配列するようになり、結晶構造をもった固体になるのがふつうである。しかし、もし非常に急速に冷却すると、原子が規則正しく配列するひまもなく固まってしまうことがある。このようにしてできた物質をアモルファス物質と呼んでいる。詳しくは次回。


結晶構造             アモルファス構造