和歌山大学 システム工学部 精密物質学科

  篠塚雄三

第1回 夢の錬金術は可能か
     − 様々な物質の形態と性質 −

   


 錬金術は不老長寿の薬とともに、歴史が始まってからの人類の夢である。錬金術は物理や化学の進歩をうながし、不老長寿の薬は医学の発達につながった。不老長寿の薬を作ることはできるか、あるいは見いだすことはできるかどうかは現在のところ不明であるが、錬金術のほうは残念ながら不可能であることは明らかである。すなわち、この宇宙のあらゆる物質は、百種類あまりの原子の組み合わせからできており、たとえば金は金原子、鉄は鉄原子、食塩はナトリウム原子と塩素原子からできている。したがって、いかなる化学反応をもってしても鉄原子を金原子に変えることはできない。
 しかしながら、たった百種類あまりの原子の組み合わせから、実に様々の物質が構成され、それらがそれぞれ固有の性質をもち、この変化に富んだ宇宙を作っていることは、実に驚異である。ということは、原子の新たな組み合わせを考えることで新しい物質を合成するという、形を変えた「錬金術」は可能となる。
 今回は5回にわたって、物質に対して現在我々が持っている知識、および物質の様々な形態と性質について簡単に紹介する。さらに、今まで知られている物質形態とは異なる新物質を開発する試みについても紹介する。
 物質は温度によって固体、液体、気体あるいはプラズマ状態を示すが、低温では固体状態をとるのが普通である。固体状態では原子はなるべく近づき合って結晶構造を作っている。結晶構造の特徴とは、一言でいえば並進対称性、すなわち原子の規則正しい配列である。
 たとえばダイヤモンドでは炭素原子が互いに結合の手を四本ずつ出し合いながら、図のようなダイヤモンド構造を作っている。ところで同じ炭素原子であっても、結合の手を三本ずつ出し合って平面的に亀の甲模様の格子を作ると、黒鉛(鉛筆の芯の材料)になる。このように物質の組成は同じでも構造が異なると、結晶中の電子の動きが変化するため、まったく違った性質をもつようになる。
 炭素原子がダイヤモンドとなるか黒鉛となるかは、結晶ができるときの圧力に依存する。現在、宝石として世の女性の美しさをひきたてている(?)ダイヤモンドは、遙か昔に地球の内部の非常に高圧のところで冷えて固まって炭素が、たまたま地表近くに出てきて見つかったものである。
 ということは、黒鉛に圧力をかければダイヤモンドができるということになり、これこそ錬「金」術である。実際のこのようにして人工ダイヤモンドを作ることは可能であるが、高圧を作るのがむずかしく、今のところ小さい結晶しかできない。
 もし安価に大型の人工ダイヤモンドを作り出す技術を開発することに成功すれば、それこそ「金」を手に入れることになりそうだが、貴重品としてのダイヤモンドの価値はなくなってしまう。それにダイヤモンド・シンジケートから命をねらわれることにもなりかねない。


グラファイト sp2

ダイヤモンド sp3