文献紹介
私は量子力学の本を収集することを生きがいとしています。以下はその中でも素晴らしいと感じた本です。ただし悲しいかな絶版で入手できない本も含まれます。それと多くは私の行う講義よりもはるかにハイレベルです。リストを見ればわかるように昔の本が中心です。
量子力学の教科書
- 朝永振一郎著「量子力学I, II(第二版),角運動量とスピン(量子力学補巻)」みすず書房(我が国を代表する教科書。英訳も出ている。大学生の時に読んでおくべきだったと後悔している。ただレベルは高く物理学科出身でないと苦しいかもしれない。私は院生になってから一部読んでみた。工学部電気系出身の私にはバックグラウンド不足で難しく感じた。「量子論入門」の構成は,全く本書に依拠している。中身も当然参考にしている。)
- 小出昭一郎著「量子力学I, II」「同演習」裳華房(私はこの本で勉強した。現在はその改訂版である。工学部系や教育学部なら実用上この本をじっくり読んだら十分だと思う。同じ著者で「量子論」というのもある。)
- Richard Feynman, Ralph Leighton and Matthew Sands著砂川重信訳「ファインマン物理学5 量子力学」(岩波書店)"Feynman Lectures on Physics III"(Addison-Wesley)(大学二回生の春休みに読んだ。読んで楽しかった。その後大学院生になってから付録の「超伝導のゼミナール」を修士論文を執筆する際再読した。再読再々読に耐える素晴らしい本である。英語で読んでも苦労はないだろう。実際私も再読以降では原著で勉強した。翻訳の都合上全五冊であるが,原書は三分冊。)
- 江沢洋著「現代物理学」朝倉書店(量子力学の部分が本書の大半である。「量子論入門」の講義の参考にしている。)
- Claude Cohen-Tannoudji, Bernard Dui, and Frank Laloe著"Quantum Mechanics vol. 1 and 2", Wiley-Interscience(これはフランス本国でバイブル扱いらしい。実際初等的な内容に限っているのに電話帳のような厚さ。)
- Walter Greiner著伊藤他訳「量子力学概論」シュプリンガージャパン(申し分内容である。学生時代に出会えたらよかった。)
- Leonard I. Schiff著"Quantum Mechanics", McGraw-Hill(大学院生時代に5分の2程度読んだ。名著との誉れは高い。吉岡書店から邦訳あり。)
- E. シュポルスキー著玉木他訳「原子物理学1」東京図書(量子論入門の授業として使用したいが,詳しすぎて使えない。自習に最適と思う。これも学生の時読むべきであった。)
- Linus Pauling and E. B. Wilson著玉木他訳”量子力学”(みすず書房、絶版)"Introduction to Quantum Mechanics with Application to Chemistry"(Dover)(量子力学が出来てまもなく出版された教科書である。日本語では手に入らない。桜井などとは異なり泥臭いところが凡人には教育的だと思う。)
- L. D. Landau and E. M. Lifshitz著「量子力学1,2」(東京図書,絶版)"Course of Theoretical Physics 4: Quantum Mechanics"(Elsevier)(言わずとしれたランダウーリフシッツ理論物理学教程シリーズの一冊。避けてしまったが,最高レベルの教科書である。絶版であることが惜しまれる。)
- A. S. Davydov著北門他訳「量子力学1,2,3」(新科学出版社,絶版)(ダビドフ分裂,ダビドフソリトンで知られる高名な旧ソビエトの誇る代表的理論家による教科書である。M2になってから読み始めたので当時忙しくて途中で断念したがハイレベルの良書である。)
- 原島鮮著「初等量子力学」(裳華房)(2012年から教科書として採用した。私自身学部時代の講義で使用した教科書。今読み返してみるとこれも教育的配慮に満ちあふれた良書であろう。故武野正三先生の生き生きとした講義が思い出される。)
- Eyvind H.Wichmann著宮沢他訳「バークレー物理学コース 量子物理 上下」(丸善)(周到に準備された良書である。2011年上下合本の形で復刻された。その代わり高価になった。)
現代的なスタイルでかかれている量子力学の教科書
- P. A. M. Dirac著朝永他訳「量子力学」(岩波書店)、"Principles of Quantum Mechanics"(Oxford University Press, みすず書房)(いわずと知れた量子力学創始者の一人の手になる古典である。私自身は敬して避けてしまった。我ながら本書を現代的範疇にいれるのは自己矛盾のように思える。)
- A. Messia著小出、田村訳「量子力学1,2,3」(東京図書,絶版)"Quantum Mechanics"(Dover)(これも有名な教科書で現代的に書かれている。図書館で借りるしか日本語で読む機会はないだろう。)
- J. J. Sakurai著桜井訳「現代量子力学」(吉岡書店)(人気の高い現代的教科書である。私はこのようなスマートな導入についていけない。しかし上級者にはこのスタイルが合う人もいるだろう。)"Modern Quantum Mechanics"(Addison-Wesley)
量子力学の啓蒙書
- A. Einstein and L. Infeld著石原訳「物理学はいかに創られたか 上下」(岩波書店)(量子力学に関する記述は一部であるが,一度は目を通しておくべき啓蒙書である。)
- G. Gamow著中村誠太郎訳「現代の物理学ー量子論物語」河出書房(量子力学を作った人々のエピソードやそのアイディアを紹介している。読書に最適。)
- G. Gamow著伏見他訳「トムキンスの冒険」白揚社(トムキンス氏というキャラクターを主人公に量子論や相対論の不思議さ,その考え方を伝える啓蒙書である。上記と同じく古いが楽しくなる。最近別の著者が本書を現代化している。)
- 片山泰久著「量子力学の世界」(講談社,ブルーバックス)(湯川秀樹の高弟の一人による啓蒙書で読むとわかった気にさせてくれる。)
- V.I.ルィドニク著金子訳「百万人の量子力学」(東京図書)(旧ソビエト連邦時代にかかれたロシア語の啓蒙書。ロシア語で書かれたものは国民性からか結構丁寧に書いてある。)
- 長岡洋介著「極低温の世界」岩波書店(高校生にわかるようにかかれた超伝導の入門書でここに書くのは奇妙に思われるかもしれない。本文中で量子力学など予備知識を整理していてその部分がためになる。これも名著と薦められる。本書で扱われている超伝導は,量子効果が巨視的世界に現れた現象である。その観点から一読の価値は十分ある。こちらにもコメント有り。)
- 朝永振一郎著江沢洋解説「スピンはめぐる−成熟期の量子力学」(中央公論社からみすず書房へ)(これは教科書のところに書きたいほどのハイレベルの内容である。私より10歳ぐらい上の人はこの本のもとになる雑誌「自然」(廃刊)で連載中に読んでいたかもしれない。このような内容が一般人の手に取る雑誌に掲載されていたこと自体に驚きを隠せない。レベル低下が叫ばれている現在,自分自身我々は劣化したと痛感している。しかし,レベルが低下したか否かを父親や祖父の代から全て引き継いだある職業の連中(誰のことを言っているのかは想像にお任せします。)に云々されるいわれはない。)
- 朝永振一郎著江沢洋編「量子力学的世界像」(岩波書店)(本書に収められている「光子(こうし)の裁判」は,下手なSF作家なら裸足で逃げ出すほどの出来映えである。)
- S. Weinberg著本間訳「新版 電子と原子核の発見」(ちくま学芸文庫)(現代物理の考え方を伝える大学一般教養向けに行った講義を本にしたものである。私もこの本の精神に則り量子論入門の講義形式を変えてギリシャ時代の原子論から科学的原子論を経て電子原子の発見そして量子力学の誕生という流れにしたのである。)
- 高林武彦「量子論の発展史 」(ちくま学芸文庫) (一回量子力学を学んでから読んだらためになるであろう。それぐらいハイレベル。
- エミリオ・セグレ著久保他訳「X線からクォークまで 20世紀の物理学者たち」(みすず書房,絶版から復刻された。)"From X-rays to Quarks: Modern Physicists and Their Discoveries (Dover Classics of Science & Mathematics) "(Dover)(ガモウの著作同様量子力学を作った人に焦点を当てて解説している。)
- 江沢洋著「だれが原子をみたか」(岩波書店)(私の書評コーナーを参照して欲しい。)
演習書
教科書のところに書いた小出の演習書のように教科書に付随したものを除いて,私が持っているか,または目を通したものの中から選んだ。
- 小谷正雄,梅沢博臣編「大学演習量子力学」(裳華房)(古いが解説書を兼ねたような演習書でハイレベルであるが有用である。)
- 岡崎誠,藤原毅夫編「量子力学演習」(サイエンス社)(実用的な演習書である。個人的に所蔵していたがどこかに消えてしまった。)
予備知識
夏休み中に一部の人からSchrödinger方程式からいきなり講義するのではなく波動の復習をして欲しいとの要望を受けました。その要望を取り入れることは量子論という一講義のみならず物理科学(こういうと物理学だけでなく,化学や一部の工学分野を含む)全体の理解に貢献できると考えました。量子力学を学ぶ前提として振動波動論が必要だと書いてある本を見たので,私自身も講義を受けたのではなく下のリスト1で勉強しました。量子力学の学習には力学(含む,解析力学),電磁気学などの知識が本来前提となっています。こんなことを言うが故に物理人気を下げてしまっていますが,厳然とした事実です。反対に予備知識や専門的なテクニックを必要としない学問分野があるとすればそれは少なくとも高等教育機関で講義を行う必要もないと思います。このことを理解してくれない人(学生だけに対して言っているのではありません)が余りにも多いと思います。それはさておき以下に振動と波動に関する文献も列挙しておきます。
- 有山正孝著「振動と波動」,裳華房(大学3回生の春休みに図書館で借りて読んだ。その後好印象だったので購入したが読まなかった。長く出版されているだけのことはある,丁寧に書かれた良書だと思う。)
- 長岡洋介著「振動と波」,裳華房(これは前任地で一部読んだだけである。長岡先生は,今はなき私の師匠が評価した(「長岡先生は,物理をわかっている」と言っていた。)人でこれまで幾つかの著作を拝見して良書だと判断している。)
- 小形正男「振動・波動」裳華房(読んでいないが,知り合いから面白かったという評価を聞いた。アマゾンの読者書評でも最高評価である。)
- Franc S. Crawford Jr著高橋秀俊監訳バークレー物理学コース3 波動,丸善(最近二冊を一冊にまとめて復刊された。余りに高価なので図書館で読んでくださいとしか言えない。)
力学も含めた物理学全般に関して予備知識を得たい人は,まず高等学校の物理の教科書・参考書を読むこと,或いは,
- D. ハリディ, J. ウォーカ , R. レスニック 著野崎 光昭 訳「 物理学の基礎1力学,2波・熱,3電磁気学」培風館
- 小出昭一郎著「物理学 三訂版」裳華房
- 原康夫著「基礎物理学」学術図書出版
などを参照して下さい。
またの機会にもう少し追加します。最近筑摩書房からちくま学芸文庫としてランダウ・リフシッツ物理学小教程「力学」「量子力学」が出版された。このような内容の本が文庫でしか読めないというのは情けない話ではあるが,これを機にかつての名著が復刊されることを祈るとともに筑摩書房の勇気ある行為を支える意味で是非購入してほしい。願わくば読破してほしい。
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