こぼれるリスクの提示で水分摂取を促すデバイス

背景と目的

水分摂取は人間の生命維持に不可欠ですが,現代のオフィスワーカーの多くは推奨される1日あたりの水分摂取量を満たせていない現状があります. 飲料水からの目安摂取量は1.2Lとされていますが,オフィスで働く人の約90%がこの目安を満たしていません.

従来,通知やナッジ理論に基づく支援システムが提案されてきましたが,最終的な行動はユーザの意思に委ねられるため,作業集中時には無視されやすいという課題がありました. 本研究では,人間が持つ「損失回避」の心理に着目し,一定時間水分摂取が行われない場合にコップを傾斜させ,水がこぼれるリスクを物理的に提示するデバイス「げんちゃーじ」を提案します.

げんちゃーじ

デバイス概要

げんちゃーじは,一般的なデスク上に設置可能なコースター型デバイスとして実装されています. 主な構成部品は,重量計測用のロードセル,コップを傾斜させるためのサーボモータ,およびこれらを制御するRaspberry Piです. ケースや内部部品は,3Dプリンタを用いて製作されています.

図1. デバイス構成
図1. デバイス構成

動作の仕組み

デバイスは,ロードセルによってコップの設置と持ち上げを検知します. コップが設置されてから15分間,持ち上げが検知されない場合,サーボモータが紐を巻き取ることで傾斜板を段階的に持ち上げ,コップを傾斜させます. 水がこぼれそうという物理的なリスク提示により,ユーザに作業を中断してでもコップを取るよう促します.

図2. コップが傾く様子
図2. コップが傾く様子

評価実験と結果

実験概要

大学生および大学院生30名を対象に,デバイスを利用した場合と利用しない場合での比較実験を行いました. 各条件で1時間のデスクワークを行い,水分摂取量と摂取回数を測定しました.

実験結果

実験の結果,デバイスを利用することで水分摂取量は平均で74.0mL増加し,摂取回数も平均で1.0回増加しました. ウィルコクソンの符号順位検定においても,摂取量・回数ともに有意な差が認められました. 特に,日常的に水分摂取が少ない層において顕著な改善が見られました.

図3. 水分摂取量の比較
図3. 水分摂取量の比較
図4. 水分摂取回数の比較
図4. 水分摂取回数の比較

ユーザの受容性

アンケートの結果,多くのユーザが「水がこぼれる不安」を心理的ストレスとして感じていましたが,その一方で,健康維持のための有用な機能としてそのリスクを肯定的に許容する傾向が見られました. 継続利用の意向は中立的な結果となり,物理的な強制介入が「納得感のある強制力」として成立するためには,自由記述の内容から,高い有用性の提示とともに,モーターの動作音などの実装上の課題を取り除くことが必要であることが明らかとなりました.

表1.デバイスの受容性, 心理的影響に関するアンケート結果
No.
質問項目
評価の分布
中央値
最頻値
1
2
3
4
5
(1)
このデバイスは、水分補給の習慣化に効果があると思う
1
1
1
15
12
4
4
(2)
このデバイスを使用することで普段よりも水を飲むようになると思う
0
1
2
10
17
5
5
(3)
デバイスの使用中、水がこぼれるのではないかと不安を感じた
3
6
3
12
6
4
4
(4)
このデバイスが与えるストレスは、許容できる範囲だと思う
2
4
3
12
9
4
4
(5)
このデバイスを今後も使い続けたいと思う
1
8
11
8
2
3
3

※評価の分布:1:非常にそう思わない、2:そう思わない、3:どちらとも言えない、4:そう思う、5:非常にそう思う

参考文献・発表

  1. 村井 源太,吉野 孝:こぼれるリスクの提示で水分摂取を促すデバイス 「げんちゃーじ」,情報処理学会シンポジウム インタラクション 2026,2A-12.

連絡先

  • 村井 源太 : murai.genta [at] g.wakayama-u.jp
  • 吉野 孝 : yoshino [at] wakayama-u.ac.jp

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