和歌山大学独創的研究支援プロジェクト 紀伊半島における災害対応力の強化
-想定を越える災害への備え-
このプロジェクトでは、大災害の被害やリスクに関する情報を活用し、経済的な考察を加え、防災の方策を研究しています。
災害の局面は大きく3つあると言われます。まず、まず被災への緊急対応があり、次に復旧・復興があり、今後の災害予防につなげていく局面です。
第1の被災への緊急対応局面の実態把握という点では、人的・物的被害の大きさや、緊急支援状況等の情報が重要です。
第2の復旧・復興局面では、インフラや住宅の再建がどの程度進捗しているか、生産や販売などの経済活動がどれぐらい回復しているかという情報が重要です。
第3の災害予防では、災害から得られる教訓が重要な情報ですし、今後の災害の被害を小さくするようなリスクコントロールがどれぐらいできているのか、あるいはリスクシェアリングの保険にどれぐらい加入されているのかなどの情報が重要です。
災害による被害には、大きく分けて直接被害と間接被害があります。直接被害は災害があったときに瞬時に失われる建物、機械、インフラなどのストックの価値の減損です。これは物理的な物の滅失としては認識しやすいのですが、経済的にいくらの損失があったかについては色々な考え方があり得ます。つまり、失われた資産をどのように評価するかといことです。
直接被害額の推計に通常使われるのは、その資産の再取得価格です。つまりその資産を新たに取得するにはどれだけかかるかをもって被害額を評価するという方法です。これは被害額の推計が、復興のためにどれぐらい予算がかかるかとか、保険の支払いがどれぐらい必要かという差し迫った必要に応えるために行われることが多いためです。この傾向は世界的に似通っていて、推計をする主体も、政府、自治体、保険会社、リスク評価会社、シンクタンクが中心です。
これに対し間接被害は、復興によってもとの水準に戻るまでの間に生ずる経済活動の落ち込み、つまりフローの損失を意味します。理論的には、災害がなければ達成できたであろう経済活動と、現実の経済活動との差を積み上げて推計します。この間接被害額は、災害による影響の範囲、期間、計算の仕方によって千差万別になります。ですから、間接被害の把握は非常に難しいものです。
このような災害による被害額の把握は、復興や防災をどのように行っていくかに大きな意味を持っていますので、将来に向けて大変重要な情報です。このプロジェクトでは、過去の大災害についての被害額推計に関する情報を収集、検討しています。
このプロジェクトでは、予防(mitigation)のうち、防災兼用施設に焦点をあて、そのオプション価値に注目して研究をしています。
大地震や津波などが発生した時に、防災、減災の手段には様々なものがあります。このうち、防災兼用施設は、災害時に防災施設として役立ちますが、災害が発生しなかった時には、一般施設として役に立ちます。例えば、耐震性の高い体育館などは、災害時には避難施設として使えますが、日常では体育館としての便益を生みます。これらの施設は災害の発生時には、体育館として利用できなくなるという転用コストを支払って避難所に転換するというオプションを備えた施設と考えることができます。オプションは、リスクの分散が大きいほど価値が高まるという性質をもっていますので、めったに発生しない大災害の場合には、その価値が高くなると考えることができます。
和歌山県の場合は、南海トラフの巨大地震と津波が想定されていますので、津波避難ビルなどは、こうした防災兼用施設の典型的な例と考えられます。このプロジェクトでは和歌山県内の津波避難ビルを中心に、経済的な手法を使って、防災の推進方策について考えています。
- 荒井信幸(2011)「公的統計の役割―統計を被災地の支援と復興にどう役立てるか」内閣府・統計研究会、第47回ESRI-経済政策フォーラム報告資料。
- 徳井丞次、荒井信幸他(2012)「東日本大震災の経済的影響―過去の災害との比較、サプライチェーンの寸断効果、電力供給制約の影響」RIETI Policy Discussion Paper 12-P-004.
- 荒井信幸(2014)「巨大災害と防災兼用施設のオプション価値:和歌山県の津波避難ビルを例として」和歌山大学経済学会『経済理論』第376号,pp37-51