11、医者ってキザ 富田晃彦 (教育学部教員) 私は医者になりたい、と思ったことはこれまで一度もありません (たまたまス イッチが入っていなかっただけです)。しかし、もう一回人生があれば医者も いいな、と思ったのは出産立ち会いの経験からです (スイッチが入りました)。 出産予定日は 8 日過ぎていました。妻は大変不機嫌でした。初産は 10 日く らい遅れると言いますし、2 週間遅れたという人にもたくさん会いましたが、 何かと不安になりました。 と言っていると、それらしい陣痛が来ました。ある日の夕食後でした。 台風が来ていました。後から聞いた話ですが、暴風雨の夜は出産ラッシュなん だそうです。外が低気圧で押し出されるからでしょうか? 病院では病棟始まっ て以来の分娩ラッシュで、出産後の妊婦用入院ベッドが全然足りず、新生児室 も満員。2004 年にもかかわらず、高度成長期のような環境にいました。妊婦 さんは 20 代から 50 代までいろいろいらっしゃいました。こちらは出産時期 がいろいろという現代の世相を反映していました。 病院に着いたのは夜中の 2 時。すぐに分娩室に案内されました。立ち会い夫 は無塵服でも着るのか、と思いきや、消毒もなくそのままの格好です。以前は 色々気構えていたそうですが、最近はそのまま分娩室に入ってもらう、とのこ とです。 妻はひたすら陣痛をこらえていました。陣痛が来るたびに私は背中のマッサー ジです。マッサージは助産師さんの見よう見まねです。脱水しそうなので、頻 繁にお茶も飲ませます。しばらくすると破水しました。分娩台はだんだんどろ どろになってきます。気にせずマッサージとお茶、です。 男にとって立ち会いで一番の壁は血、と育児書に書かれています。私が病院慣 れしていることを割り引かないといけませんが、私にとっての一番の壁は血な んかではなく、疲労でした (これも、育児書は嘘ばっかりーっ!)。 出産の手伝いですから、途中で立ち会いやーめた、はできません。助産師さん、 お医者さんが入れ替わり立ち替わり見に来られます。いい加減な態度ではつま み出されます。お腹が減ったとかいって、おやつぽりぽり、というわけにもい きません。実際は食事なんか喉を通りませんでした。それどころか、緊張して (及び忙しくて) お手洗いにも行くことができませんでした。4 時間で出産だっ た、という方もおられるようですが、半日以上はかかる場合が多いようです。 これが非常に疲れるのです。しかし途中でやめるわけにはいきません。これが 立ち会いの最大の壁だと思います。 分娩室に入って 8 時間後、翌朝 10 時に一気に疲労がきました。昨晩から寝 ていないことと食事を取っていないこともあったでしょう。マッサージをする 手の力が全然入らなくなりました。しかし妻はもっと疲弊しています。 お腹の赤ちゃんの心拍などをモニターする装置が付けられました。これは大変 恐いものでした。元気な鼓動は聞こえてきます。しかし陣痛の山が来た時、鼓 動はどんどん弱くなります。産道を通ろうとする時、赤ちゃんに大変な負担が かかるので一瞬だがかなり弱るそうです。陣痛の山が通り越して一旦赤ちゃん が子宮に戻ると心臓は再び元気に鼓動を始めます。何度も繰り返しているうち、 お医者さんが小さな声で、むむむ... と何かつぶやきました。妻は激しい痛み に耐えていたので、この件は全然知らなかったようです。妻も痛いが、赤ちゃ んも痛いのか。しかも死にそうになりながら出てくるのか... 分娩室に入って 12 時間後、とうとう出産の時が来ました。私は心の準備をし ました。分娩室にいるスタッフへのお礼の言葉をちゃんとしゃべるための心の 準備です。分娩室には、お医者さんや助産師さんなど 7-8 人が詰めて下さっ ていました。丁寧に、かつ間違いなくお礼の言葉をしゃべらないと。なにしろ 私は「公務員臭い」のだ、肉塊兄ちゃんとは違う。最後までびしっといくぞ。 しかし言葉がまったく出ませんでした。感無量で言葉が出ないなんて、私は何 て情けない奴なんだ。人に涙を絶対に見せたくなかった。後ろを向いてしゃが みました。うつむきがなら、分娩室のみなさんに深々とおじぎをするのが精いっ ぱいでした。ちゃんとお礼を言いたかったのに、非常に残念だった... 妻はどろどろまみれの赤ちゃんと胸に抱いていました。痛みはどこかに行った ようで、顔色もすっかりよくなっていました。 しばらくしたら、胎盤を見せてもらいました。ここが子宮に貼り着いていた部 分、ここがへその緒の切れっ端、これが羊水を包んでいた膜、などと説明もし てくれました。びっくりした。大きい、臓器一つ分か。しかも立派な座蒲団だ。 こんなものが出産の時に子宮から一気にはがれ落ちるのか。妊娠初期の時に突 貫工事で一つ臓器を増やしていたわけだ。つわりなどといったものでよく済む ものだ。 私も妻も気持ちが落ち着いた時は、分娩室にもう誰もいませんでした。大仕事 を終えて一服している妻と決死で出てきた赤ちゃん、実は別に何もしていなかっ たが疲れているだけの私を見て、よしよし、と小さくうなずきながら 1 人ず つ、いくつかの出口からそっと分娩室から出ていくのを、視界の端の方で見て 知っていました。 医者って、なんてキザなんや!