背景と目的
2011年3月11日に発生した東日本大震災の経験から,身元不明のご遺体に対する身元確認の手段のうち,歯型鑑定による方法の有用性が報告されています(参考:平成24年警察白書 統計資料|特-5 東日本大震災における遺体の身元確認状況について(平成24年5月11日現在)). 具体的には,津波などの住宅が消失するほどの被害を受けた場合においても,掛かりつけの歯科医院に本人の情報が存在すれば,身元確認をすることが可能であることが理由として挙げられます. さらに,近年発生予想がされている南海トラフ巨大地震では,東日本大震災を上回る被害想定がなされています. そのため,歯型鑑定がより効果的に用いられる可能性があります.
また,厚生労働省の「歯科情報の標準化」事業(参考:厚生労働省|歯科情報の標準化について)により,各歯科医療機関で蓄積される歯科情報に対し,標準的なデータ形式を定義する取り組みが行われています. 本研究では,事業により社会活用できる段階となった歯科診療情報を用い,身元確認を支援するシステム「Dental Seeker」の開発を行っています.
Dental Seekerの概要
本研究により開発されたシステム「Dental Seeker」の概要と利用想定シーンについて記します.
(1) システム構成
図 1にシステム構成を示します. 本システムは,「口腔診査情報標準コード仕様」(参考:厚生労働省|口腔診査情報標準コード仕様 ver.1.0)に基づいたCSV形式の歯科診療データに対応した,Webブラウザ上で動作するアプリケーションシステムです. 本システムは,ユーザが操作するクライアント側と,歯科診療データ及び階層構造データを管理するサーバ側から構成されています. クライアント側ではサーバ側に対し,「CSV形式のファイルの登録」「登録されているファイルの検索」を実行することができ, サーバ側では,RDB(Relational DataBase)のMySQLで管理を行います. CSV形式のファイルには1ファイルにつき,患者の1回の診察に関する情報が記録されています. また,歯科診療データとは別に,歯の状態を階層的に構造化した特徴記述子(階層構造データ)を管理者が登録しています.
図 1. システム構成図 |
---|
(2) システムの利用想定シーン
図 2に東日本大震災時の身元確認フロー例と実験ファイルの対応を示します. 歯科情報を用いた個人検索の場合,被検索側の「生前情報」と,検索側の「死後情報」が必要となります. 「生前情報」とは,歯科医療機関でカルテ情報などの形で管理されている歯科記録情報であり, 「死後情報」とは,災害後に検案所などで法歯学者がご遺体から収集する歯科記録情報のことを示します. これら2つの情報を照合することによって,個人の検索が初めて可能となります.
身元確認のフローとしては,まず2つの情報が警察本部にある身元確認システムに統合され,検索結果リストが出力されます. 次に歯科医師による鑑定が行われ,最後に警察による確定が行われるという流れになります. ここで重要なことは,システムの要件が歯科医師の鑑定を支援するということです. システムが人物を特定するのではなく,候補となる人物をリストアップし,歯科医師の判断を仰ぐことが本質です.
図 2. 身元確認フロー例と実験ファイルの対応 |
---|
検索実験には,平成29年度事業にて新潟県と静岡県で収集された436人分のCSVファイル(以下,実験ファイル)を検索データとして使用しました. 実験ファイルを「生前情報」とみなし,実験ファイルに外乱(ノイズ)を適用することによって,仮想の「死後情報」を用意しています.
Dental Seekerの機能
(1) システムの機能一覧
標準プロファイル26項目については,(参考:厚生労働省|第5回歯科診療情報の標準化に関する検討会 資料1)を参照してください.
-
● CSV形式ファイルのプレビュー機能
口腔診査情報標準コード仕様のうち,以下の項目を表示
〇 ON 入力機関情報レコード
〇 PN 個人識別情報レコード
〇 NS 入力種別レコード
〇 TB 歯の診査情報レコード(Ⅰ.部位パート)
〇 TD 歯の診査情報レコード(Ⅱ.基本状態パート)
〇 TP 歯の診査情報レコード(Ⅲ.現在歯の内容パート)
〇 TM 歯の診査情報レコード(Ⅳ.欠損歯の内容パート)
〇 TF 歯の診査情報レコード(Ⅵ.標準プロファイル26項目パート)
〇 DT 日時レコード
-
● ファイル登録機能
口腔診査情報標準コード仕様のCSV形式ファイルを以下の2か所に登録
〇 サーバ上のDB
〇 サーバ上のディレクトリ
-
● ファイル検索機能
〇 階層構造による絞り込み
〇 標準プロファイル26項目による類似度マッチング
(2) システムのデモ映像
動画1に,システムのデモ映像を示します. ユーザは,システムに検索条件を入力し,検索を行います. 初回は階層構造による絞り込みを,2回目は標準プロファイル26項目による類似度マッチングを行っています. 検索結果としては,類似度の高い順に患者ファイルのリストが出力されます.
動画 1. デモ映像 |
---|
対外発表
- 安田大誠,吉野孝,玉川裕夫: 歯科情報による身元確認システムの提案, 情報処理学会関西支部 支部大会 講演論文集,G-34,pp.1–4 (2018-09-21).
- 安田大誠,吉野孝,玉川裕夫: 歯科情報による個人検索支援システムの開発と評価, ワークショップ 2018(GN Workshop 2018) 論文集,pp.1–8 (2018-11-08).
連絡先
- 安田 大誠 : s206269[at]wakayama-u.ac.jp
- 吉野 孝 : yoshino[at]sys.wakayama-u.ac.jp