1背景と目的

世界規模のインターネットの普及により,電子メールや掲示板,チャットなどのコミュニケーションツールが広く利用されるようになってきています.また,インターネット上の使用言語の多様化により,ネットワークを介した多言語間コミュニケーションの需要が高まっています.しかし,多言語を十分に習得することは容易ではなく,多言語間コミュニケーションを誰もが気軽に行うことができる環境は整っていません.そのため,情報技術による支援が必要とされています.

現在,多言語間コミュニケーションを支援するために,機械翻訳を利用した支援技術の研究開発が行われています.しかし,開発された支援技術を実際のコミュニケーションへと適用することは容易ではありません.支援技術の研究開発を適切に行うためには,実際のコミュニケーションの分析によって,支援を行う際の必要条件や適用可能な範囲,その技術の有用性などを明らかにする必要があります.

本研究では,支援技術の有用性や適用における必要条件などを明らかにするために,様々な支援技術が実現された場合を想定したコミュニケーション実験を通してコミュニケーションにおけるユーザの行動分析を行っています.

2チャットコミュニケーションにおける対人許容応答時間の検証

コンピュータを介したコミュニケーションツールの多くは,テキストベースでコミュニケーションを行います.テキストベースのコミュニケーションでは,メッセージを作成する必要があります.しかし,メッセージ作成の長時間化は,円滑なコミュニケーションを阻害すると考えられます.特に,チャットのようなリアルタイムコミュニケーションにおいては,メッセージ作成の長時間化は対話相手を待たせることになり,この問題が顕著になります.

現在,絵文字やアノテーションなど,通常のメッセージ以外の情報を付加できるチャットツールや,機械翻訳を用いたチャットツールなどが開発されています.これらのツールでは,通常のメッセージ作成以外の作業が伴うため,メッセージ作成の時間が長時間化する可能性があります.これらのチャットが有効に利用されるようにするためには,相手が許容できる時間の中でメッセージを作成終了できるように設計する必要があり,ユーザの応答に関する許容時間の指標が必要になります.

そこで,対人コミュニケーションにおいて,相手の応答を待つことができる時間を「対人許容応答時間」と定義し,テキストベースのリアルタイム遠隔コミュニケーションにおける対人許容応答時間の評価を行っています.

3チャットコミュニケーションにおける翻訳リペアの有用性の検証

機械翻訳を介したコミュニケーションの支援手法に,「翻訳リペア」という手法があります.翻訳リペアは,機械翻訳により得られた文に不適切な翻訳箇所が存在した場合,それらを減少させるために入力文を書き換えていく作業です.翻訳リペアを行うことで,折り返し翻訳精度を向上させることができます.しかし,翻訳リペア作業はユーザにとって負担のかかる作業です.翻訳精度と対話の即時性はトレードオフの関係にあります.そのため,リアルタイムコミュニケーションへ適用する場合,問題が発生する可能性があります.

そこで,チャットコミュニケーションにおいて翻訳リペアを適用し,機械翻訳を介したコミュニケーションにおいて,ユーザが「時間はかかるが精度のよい対話」と「即座にやり取りが可能だが精度が保証されない対話」のどちらを重視するのかを検証するためのチャット実験を行っています.

4チャットコミュニケーションにおける精度判定に基づく送信拒否の適用可能性の検証

機械翻訳を介したコミュニケーションにおいて,「翻訳リペア」は重要な役割を果たすと考えられます.しかし,翻訳リペアは,文章の精度が低いとユーザが判断した段階で初めて行われる作業であるため,ユーザの判定が正確に行われなければ,コミュニケーションの精度が保証されません.

そこで,翻訳精度に関するユーザの不正確な判定を防ぐために,精度判定に基づくメッセージの送信拒否の仕組みを検討し,その適用可能性を検証するためのチャット実験を行っています.

学術論文

  1. 宮部真衣,吉野孝:リアルタイム遠隔テキストコミュニケーションにおける対人許容応答時間の評価,情報処理学会論文誌,Vol.50,No. 3,pp.1214-1223 (2009).
  2. 宮部真衣,吉野孝:機械翻訳を介したチャットコミュニケーションにおける精度判定に基づく送信拒否の適用可能性,情報処理学会論文誌,Vol.51,No. 3,pp.784–795(2010).

口頭発表

  1. 宮部 真衣, 吉野 孝:リアルタイム遠隔コミュニケーションにおける対人許容レスポンス時間の評価,マルチメディア,分散,協調とモバイル(DICOMO2008)シンポジウム,pp.1276-1283(2008).
  2. 宮部真衣,吉野 孝:リアルタイム遠隔コミュニケーションにおけるアウェアネス情報の対人許容レスポンス時間への影響,FIT2008 情報科学技術フォーラム,第3分冊,pp.437-438(2008).
  3. 宮部真衣,吉野 孝:折り返し翻訳を用いた翻訳リペアのチャットコミュニケーションへの影響,情報処理学会研究報告,グループウェアとネットワークサービス研究会,2009-GN-070,pp.109-114(2009).
  4. 宮部真衣,吉野 孝:機械翻訳を介したチャットコミュニケーションにおける精度判定に基づく送信拒否の適用可能性,マルチメディア,分散,協調とモバイル(DICOMO2009)シンポジウム,pp.1619-1626(2009).
  5. Mai Miyabe and Takashi Yoshino: How long will people wait for a message during text-based chats?, The Fifth International Conference on Collaboration Techonologies, pp.48–55(2009).

連絡先

研究紹介のページに戻る