1背景と目的

現在,在日外国人数が年々増加しており,日本国内における多言語コミュニケーションの機会が増加しています.また,医療などの高精度なコミュニケーションが要求される分野では,多言語コミュニケーションの支援不足による様々な問題が指摘されています.

そこで本研究では,医療従事者と患者間の高精度な多言語コミュニケーションの支援を行うために,用例対訳を利用した多言語医療受付支援システムの開発を行っています.

2多言語医療受付支援システムM3(エムキューブ)

多言語医療受付支援システムM3(エムキューブ)は,医療従事者と患者による受付での多言語対話を支援します.本システムは図1のように構成されます.

M3は,言語グリッドの用例対訳Webサービスを利用し,高精度な用例対訳を取得します.

システム構成
図1. システム構成

3M3の機能

M3には,以下の機能があります.対話支援機能は医療従事者を,受診科決定支援機能,院内の道案内機能,Q&A機能,受診手続き支援機能は患者を支援するための機能です.また,音声再生機能は非識字者を支援するための機能です.

(1) 対話支援機能

医療従事者が患者に質問し,必要な情報を取得するための機能です.医療従事者が主導権を持った対話を行うことができます.医療従事者と患者はそれぞれのインタフェースを利用し,対話を行います(図2).

対話支援機能
図2. 対話支援機能

(2) 受診科決定支援機能

症状のある部位と症状を選ぶことによって,医療従事者に自分の病状を知らせることができます.まず人体図(図3)から症状のある部位を選び,その後症状を選びます.選んだ部位と症状を印刷することができ,医療従事者に見せることで患者の受診科決定を支援します.

受診科決定支援機能
図3. 受診科決定支援機能

(3) 院内の道案内機能

病院内の各施設までの経路を調べることができます.リストや地図から行きたい場所を選択すると,現在地から行き先までキャラクタが移動し,経路を表示します(図4).表示された経路は,印刷することができます.

院内の道案内機能
図4. 院内の道案内機能

(4) Q&A機能

病院内で多く質問される事項について調べることができます.まず調べたい事のカテゴリを選択し,さらに知りたい項目を選択すると,回答を見ることができます(図5).また,調べた項目を印刷することができます.

Q&A機能
図5. Q&A機能

(5) 受診手続き支援機能

受診手続きに必要な質問を用意し,円滑な受診手続きを支援します.表示される質問に順に回答することで,自分がどうすればよいか調べることができます(図6).

受診手続き支援機能
図6. 受診手続き支援機能

(6) 用例読み上げ機能

表示されている用例を読み上げる機能です.各テキストに付与された音声再生用のアイコン(図7)を押すと,用例を読み上げます.

用例読み上げ機能
図7. 用例読み上げ機能

用例読み上げ機能は,多言語の発話データおよび音声合成を併用して実現しています.実際にユーザが読み上げた,正確な発話データが存在する場合は,発話データを再生します.発話データが存在しない場合,音声合成によりテキストを読み上げます(図8).

用例読み上げの流れ
図8. 用例読み上げの流れ

4設置病院

現在,M3は以下の病院に設置されています.

  • 京都市立病院(2007年9月〜)
  • 京都大学医学部付属病院(2009年2月〜)
  • 聖路加国際病院(2010年3月〜)
  • 洛和会音羽病院(2010年4月〜)

5今後の予定

今後は,以下の項目について対応を行い,より円滑な多言語コミュニケーションの支援を行っていきます.

  • Web上でのサービスの提供
  • 多言語の音声対話機能

学術論文

  1. 宮部真衣,吉野孝,重野 亜久里:外国人患者のための用例対訳を用いた多言語医療受付支援システムの構築,電子情報通信学会論文誌 D,Vol.J92-D No.6,pp.708-718(2009).

口頭発表

  1. 宮部真衣,藤井薫和,藤原義功,重信智宏,吉野 孝,内元清貴,石田 亨:異文化間コミュニケーションのための用例ベースのコミュニケーションツールの開発,情報処理学会第68回全国大会,第4分冊,pp.277-278(2006).
  2. 宮部真衣,藤井薫和,重信智宏,吉野 孝,石田 亨:異文化間コミュニケーションのための用例を用いた医療受付対話支援システムの開発,情報処理学会,マルチメディア,分散,協調とモーバイル(DICOMO2006)シンポジウム,pp.589-592(2006).
  3. Mai Miyabe, Kunikazu Fujii, Tomohiro Shigenobu, Takashi Yoshino: Parallel-text Based Support System for Intercultural Communication at Medical Receptions, Proceedings of The First International Workshop on Intercultural Collaboration (IWIC2007), pp.132-143(2007).
  4. 宮部真衣,吉野 孝,西村竜一:言語バリア解消を目指した音声認識医療受付対話支援システム,情報処理学会第69回全国大会,第4分冊,pp.23-24(2007).
  5. 宮部 真衣, 吉野 孝,西村竜一:病院受付における多言語間コミュニケーション支援システムM3の開発,マルチメディア,分散,協調とモーバイル(DICOMO2007)シンポジウム,pp.355-363(2007).
  6. 宮部真衣,吉野 孝:用例読み上げ機能を持つ多言語医療受付対話支援システムM3,情報処理学会第70回全国大会,第4分冊,pp.271-272(2008).
  7. 宮部真衣,吉野 孝,重野亜久里,小見佳恵,白井 諭,小原 永,村上陽平:多言語医療受付支援システムM3の医療機関への導入,情報処理学会第70回全国大会,第4分冊,pp.649-650(2008).
  8. 宮部 真衣, 吉野 孝, 重野 亜久里:多言語医療受付支援システムM3の開発,第28回医療情報学連合大会,HD-10(2008).
  9. 宮部 真衣, 吉野 孝, 重野 亜久里:多言語医療受付支援システムの構築と医療機関への導入,電子情報通信学会,人工知能と知識処理研究会,AI2008-35,pp.65-70 (2008).
  10. Mai Miyabe, Takashi Yoshino: Design of Face-to-Face Multilingual Communication Environment for Illiterate People, HCII2009, LNCS5623, pp.283-292(2009).
  11. 宮部真衣,吉野 孝, 重野 亜久里:表示内容読み上げ機能を持つ多言語医療受付支援システムM3の開発,第29回医療情報学連合大会,2-G-2-10,pp.1190-1194(2009).

参考文献

  1. Toru Ishida: Language Grid: An Infrastructure for Intercultural Collaboration, IEEE/IPSJ Symposium on Applications and the Internet (SAINT-06), pp.96-100(2006).

謝辞

本研究の一部は,総務省の戦略的情報通信研究開発推進制度(SCOPE) の平成20年度採択課題「多言語共生社会における医療対話支援のための多言語対話用例プラットフォームの構築」によって行われました.

連絡先

研究紹介のページに戻る