1背景と目的

現在,医療分野への提供を目的とした用例対訳の収集が行われています.収集されている用例を医療現場へ提供するためには,正確性の評価が必要です. しかし,評価すべき用例は多数ある上,評価作業は単調で,評価に対するモチベーションを維持することは困難です.

これまでにモチベーション維持に関する研究は数多く行われてきました.しかし,これまでの研究では,日常的な作業や学習を対象としており,「用例の評価活動」のような「日常的に行わない作業」を対象とした場合の効果は不明です. また,作業によって,支援対象者が元々持つモチベーションも異なります.

そこで本研究では,「楽しさ」や「達成感」の要素を用いた用例評価のモチベーション維持支援システム「用例の森」を開発しました.「用例の森」により,用例の評価活動を行うユーザのモチベーション維持を支援することを目的としています.

2用例評価のモチベーション維持支援システム「用例の森」

(1) 概要

「用例の森」は,登録された用例を「木」に見立て,用例の評価状況を「木の成長」で表現するシステムです.図1のように,用例が評価されると,関連付けられた「用例の木」が成長します. 用例の木は多くのユーザに評価されることで,種から芽が生え,芽が木になり,そして花が咲きます. 木の成長による「楽しさ」や「達成感」を用いて,ユーザの評価活動を支援します.

用例の森の概要
図1. 用例の森の概要

(2) 支援対象

用例対訳を収集し医療現場へ提供するためには,多くの作業が必要です.必要な作業を以下に示します. 「用例の森」はその中で,主に「(3): 集めた各用例の正確性などの評価」を行う人のモチベーション維持を支援します.

  • (1): 医療現場で使う用例を集めます.
  • (2): 集めた用例を他の言語に翻訳して用例対訳を作成します.
  • (3): 集めた各用例の正確性などを評価します.
  • (4): 用例間の翻訳精度などを評価します.

(3) 構成

本システムの構成は図2のようになっています.本システムは多言語用例対訳共有システムTackPadにおいて 収集された用例の評価を支援します.TackPadの用例を本システム上で表示し,ユーザが評価した結果をTackPadサーバに保存します.

システムの構成
図2. システムの構成

3システムの特徴

(1) 森

本システムでは取得した用例のグループを「森」として扱っています.森には用例に付与されている「タグ」で分類した森,登録した「ユーザ」で分類した森があります. ユーザの森のうち,利用中のユーザが登録した用例の森は「あなたの森」として表示されます. あなたの森では,「あなたの森」に訪れたユーザおよび,用例を評価してくれたユーザを「お知らせ」により確認することができます.

森の概念
図3. 森の概念

(2) 用例の木

TackPadで登録された用例は本システムでは「用例の木」として表示されます.ユーザからの評価により,用例に関連付けられた「用例の木」は成長します. 図4に評価画面の様子を示します.図中の項目について説明します.

  • (A): 森の情報が示されます.多くの用例が存在する森は,いくつかの「場所」に分かれています.
  • (B): 半透明の木は,利用中のユーザに評価されていない用例の木です.
  • (C): TackPadと同じく「病院であまり使わない - 病院でよく使う」「書き言葉 - 話し言葉」の二軸で評価します.
  • (D): 色がついた木は,利用中のユーザに評価された木です.
  • (E): 多くのユーザに評価され,十分な数の評価が集まった木は花が咲きます.
用例の評価画面
図4. 用例の評価画面

4用例の森が持つ機能

(1) 達成メダル:作業成果の自慢支援

条件を満たすことで「達成メダル」が手に入る機能です.条件の例として「たくさんの木を評価する」「なんども用例の森を利用する」などが存在します. メダルとして提示することで,ユーザが評価活動の目標とすることができ,達成感を得ることができます.

また,他のユーザが獲得したメダルを閲覧することができます.図5に他のユーザが獲得した達成メダルの閲覧画面を示します. この「作業成果の自慢」により,お互いに評価活動の意欲を増加させることができます.

他のユーザが獲得した達成メダルの閲覧
図5. 他のユーザが獲得した達成メダルの閲覧

(2) 用例間評価機能

用例の森には,各用例の評価だけではなく,用例間の翻訳精度を評価する機能があります.図6に翻訳精度を評価する画面を示します. 翻訳精度の評価では,5つの項目の中から1つを選んで評価します.

用例間の翻訳精度評価
図6. 用例間の翻訳精度評価

(3) 貢献情報の提示

用例間評価では,ユーザに「貢献情報の提示」を行っています.これは,ユーザが評価したことで,十分な評価数になった場合,医療現場に提供できることを示すお知らせを提示するものです. 図7に貢献情報を提示したお知らせを示します. このお知らせによってユーザの「貢献」を強調し,評価に対する意欲を支援します.

貢献情報を提示するお知らせ
図7. 貢献情報を提示するお知らせ

(4) そのほかの機能

これまでに紹介した機能以外にも,さまざまな機能があります.これらの機能は,達成感や競争の要素を提供したり,評価活動の目標設計を支援します. いくつかの機能について紹介します.

  • ふしぎな肥料: 評価を行うともらえるポイントです.
  • 木の種類の変更: ふしぎな肥料を使って,「あなたの森」にある木の種類(見た目)を変更することができます.
  • ふしぎな肥料ボーナス: 条件を満たすと,たくさんふしぎな肥料が手に入ります.
  • 天候変化: 用例の森の中で天気が変わります.雨の日にはふしぎな肥料がたくさんもらえます.
  • 評価の少ない森: 評価があまりされていない森を提示します.
  • ランキング: 評価数や獲得したメダルの数のランキングを提示します.

5用例の森の紹介ムービー

6今後の課題

  • 新しいモチベーション維持支援要素の検討
  • ユーザインタフェースの改善

学術論文

  1. 狩野翔,福島拓,吉野孝: 用例評価のモチベーション維持支援システム「用例の森」の開発と評価,情報処理学会論文誌,Vol.53, No. 1, pp. 138-148(2012-01).

口頭発表

  1. 狩野翔,福島拓,吉野孝: 用例の森:用例評価のモチベーション維持支援システム, 情報処理学会第73回全国大会, 第4分冊, 2ZA-7, pp.159-160(2011-03).
  2. 狩野翔,福島拓,吉野孝: システムへの定期的な機能追加によるユーザのモチベーション維持効果の検証,マルチメディア,分散,協調とモバイル(DICOMO2011)シンポジウム,pp. 836-843(2011-7).
  3. 狩野翔,福島拓,吉野孝: 作業成果の自慢支援機能によるモチベーション維持効果の検証,情報処理学会関西支部,第10回支部大会,セッションC-07(2011-9).
  4. 狩野翔,福島拓,吉野孝: 非日常作業における利用者への貢献情報提示によるモチベーション維持への影響,グループウェアとネットワークサービスワークショップ2011,セッション7(2011-11).

連絡先

リンク

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