平成18(2006)年4月1日
 
貴志川線の社会的価値と再生までの経緯
 
辻本勝久(和歌山大学経済学部助教授・WCAN交通まちづくり分科会長)
 
1 鉄軌道の再生と住民参加
 鉄道は、1970年代の終盤までわが国の国内旅客輸送手段の主役であった。総輸送量のうち何%をどの輸送機関が運んだかを示したものを「輸送機関別輸送分担率」と言うが、1960年度の国内旅客輸送の機関別輸送分担率(人キロベース)において、鉄道は75.8%で首位、バスが18.1%で第二位であり、自家用乗用車は5%にも満たなかった。しかし、所得水準の向上や道路網整備の進捗等を受けて、自家用乗用車がシェアを急速に上昇させ、1979年度には鉄道から首位の座を奪うに至った。鉄道の分担率はその後も低下し続けている。近年では少子高齢化の進展、都市の郊外拡散、財政状況の悪化のもとで衰退傾向がより顕著となっている。1995年初から2005年末までの11年間に廃止された鉄軌道路線は、一部廃止を含めて31路線、378.5kmに及んでいるが、とりわけ鉄軌道事業からの退出規制が許可制から事前届出制に変更された2000年3月の鉄道事業法改正以降に廃止が急増している(図1)。
 
                        
(注1)旅客輸送の営業廃止のみを対象とした。
(注2)地下鉄や地下新線開業に伴う廃止は除外した。
(注3)一部廃止路線も一路線としてカウントした。
(出所)国土交通省『鉄道統計年報』各年度版より作成。
図1 最近11年間の鉄軌道廃止状況
 
 2003年度現在、わが国で地方旅客鉄道と路面電車を運営する事業者は111あるが、これらのうち輸送密度(路線1km・1日あたりの平均乗客数)が3000人以上の事業者の60%(40社中24社)が営業黒字を出している一方、同3000人未満のもので営業黒字を出している事業者は8.7%(57社中5社)に過ぎない*1。固定費が大きく、運営に特殊な技能を要する鉄軌道事業は、ある程度大きな需要密度が無ければ成立が難しく、不採算路線は基本的に事業者の内部補助で維持されてきたが、前述のように事業者の経営環境は悪化しつつあり、内部補助による鉄軌道の維持は困難になりつつある。地方中小鉄道向けには1997年度まで、国と地方公共団体で赤字額を折半し補填する欠損補助制度があったが、以後は廃止されている。鉄道事業法改正によって需給調整規制の撤廃もなされるなど、鉄軌道事業に対する国の経済的な介入は薄れてきている。
 後述のように鉄軌道は自動車に比べて環境への負荷が小さく、安全性が高く、大量高速輸送にも長け、道路交通渋滞の緩和や生活の足の確保といった点においても優れた交通機関である。地元自治体と地域住民には、自地域に必要とされる公共交通サービスレベルを的確に把握した上で、鉄軌道の長所と維持コストとを天秤にかけ、鉄軌道としての維持を目指す場合には独自の補助スキームの形成や積極的な住民参加を推進するなど、鉄軌道再生に向けた新しいビジネスモデルを模索することが求められる。
 新しいビジネスモデルに転換し、再生した事例として、南海電気鉄道株式会社貴志川線(和歌山−貴志間14.3km。以下、貴志川線と略す)を挙げることができる。同線は年間200万人弱の旅客数を有しているが、毎年数億円の営業赤字を出し続けてきた。従来は内部補助によって維持されてきたが、2003年秋に南海が廃止も含めた抜本的な経営改善策を検討と発表し、2004年9月末には鉄道事業法に基づく事業廃止届が提出されるに至った。その後、同線の存廃をめぐって様々な動きがあり、結局、2006年4月1日をもって和歌山電鐵株式会社(岡山電気軌道が100%出資する子会社)に継承され、鉄道として存続することとなった。再生成功の要点は次の5点である。1)住民が「お上依存」の従来型発想を脱し、駅の美化活動から費用対効果分析実施に至る幅広い活動を展開し、マスコミがこれらの活動を積極的に報じたこと、2)県・市・町と各議会が、土地を地元自治体が南海から買い取った上で保有し新事業者に貸与する上下分離方式の導入や、10年間で8.2億円までの欠損補助等の費用負担を決断したほか、非運輸事業者も含めた民間事業者公募という先駆的試みを行ったこと、3)意欲ある継承候補事業者が存在し、その事業者に大きな失敗を懸念させない程度の輸送需要や行政・住民による支援があったこと、4)退出しようとする事業者が廃止時期の繰下げや後継事業者の従業員教育等に最大限の協力をしたこと、5)全国的なネットワークを持つまちづくり市民団体からの支援があったこと。
 今回の貴志川線存廃問題を契機として、沿線地域では鉄道と住民との絆が強化され、都市交通政策への住民参加も促進された。和歌山電鐵の組織内には地域住民らで構成される貴志川線運営委員会が設置されることになっているほか、2006年1月には市民団体と近畿運輸局が事務局となって「和歌山21世紀型交通まちづくり協議会」が結成されるなど、住民による支援は引き続き活発であり、鉄軌道という社会基盤再生の新しいモデルとして注目されている。
 本稿では、持続可能な都市圏形成の観点から貴志川線存続の社会的な意義を論ずるとともに、存続決定に大きな役割を果たした住民活動の展開や、上下分離方式と住民参加を特色とした鉄軌道再生の新しいモデルについて説明しながら、社会基盤の再生と住民参加について考えたい。
 
2 貴志川線の概要と経営状況
2-1 貴志川線の概要
 貴志川線は、1916年2月に山東軽便鉄道の大橋−山東間8.2kmとして開通した。主な開設目的は、沿線に鎮座する官幣大社の日前神宮(ひのくまじんぐう)・國懸神宮(くにかかすじんぐう)(両神宮を総称して日前宮(にちぜんぐう))と竈山神社、及び山東軽便鉄道開業後に官幣中社となった伊太祁曽神社への参詣旅客輸送であった。近代社格制度における官・国幣大社は71社、官・国幣中社は70社存在するが、これらのうち4社までが貴志川線沿線にあり、同線の大きな特色となっている。その後、起点が大橋駅から現在の和歌山駅に移るとともに、路線が東方に延長されて貴志駅が新しい終点となった。この間、同線は山東軽便鉄道から和歌山鉄道、和歌山電気軌道へと継承され、1961年3月より南海電気鉄道の路線網に加えられた。起終点間14.3kmには中間駅が12あり、平均駅間距離は約1.1kmとなっている。2005年12月現在の運転本数は、平日が一日96往復、土休日は同78往復である。
 起点の和歌山駅は、和歌山市中心部の東端に位置し、駅前には売り場面積約3万2千平米の百貨店やシティホテル等の都市機能が集積している。沿線(和歌山市宮、岡崎、三田、安原、西山東、東山東の各地区と紀の川市貴志川町全域)の人口は8万人弱で、増加傾向にある。沿線には私立1短大と県立の3高校、県立交通センター(運転免許センター)が立地している。同線のうち、約11kmが和歌山市内を通り、残りの区間は紀の川市貴志川町内にあるが、和歌山市内のうち市街化区域を走行する区間は約3.5kmに過ぎない。竈山駅以東の和歌山市内では、吉礼駅周辺のごく僅かな区間を除いて市街化調整区域内*2を通っており、沿線にはのどかな田園風景が広がっている。
 貴志川線に並行する主要な道路と、それらの交通状況は図2の通りである。沿線には整備・計画中の都市計画道路も複数あって、東西方向には南港山東線や湊神前線、南北方向には松島本渡線が計画され、いずれも代表幅員30mとなっている。代表幅員16mの新在家坂田線の整備も進められている。
 和歌山〜日前宮間には平日34.5往復のバス路線が並行している。神前駅前と竈山駅前には和歌山駅東口から平日6往復のバス路線が乗り入れ、岡崎駅前にも和歌山駅東口から県道138号経由のバス路線が平日10往復乗り入れている。交通センター前と吉礼〜大池遊園間には、どの方面からもバス路線は通じていない。西山口〜貴志間には150円均一のコミュニティバスが毎日6往復、無料コミュニティバスが毎日4本(貴志から西山口方面のみ)運行されている。
 
図2 貴志川線の主要な並行道路
(出所)建設省「平成11年全国道路・街路交通情勢調査」をもとに筆者作成。
 
2-2 貴志川線の経営状況
 貴志川線の利用客数は、1974年度に年間361.4万人を記録した後、11年後の85年度までに100万人以上減って253.3万人となった。その後は持ち直して96年度に273.9万人まで増えたが、同年12月の県道13号吉礼バイパスが供用開始されたことや、2001年9月に湊神前線の宮前跨線橋が開通した影響を受け、再び減少に転じた。2004年度の年間輸送人員は192.6万人であったが、これは対95年度比70.2%、対前年度比97.0%の水準である。1994年度以降の輸送人員の推移を図3に示す。なお、2005年度上半期の輸送人員は、定期外が対前年度同期比96.1%、通勤定期客が同96.1%、通学定期客が同106.3%、合計では同99.4%である。
 利用者が減少する中、南海は1993年4月にATS(自動列車停止装置)とCTC(列車集中制御装置)を導入し、1995年4月にはワンマン化と1日あたり平日30本・日祝15本の増便および全車両の冷房車化を実施、1999年5月には交通センター前駅(請願駅)を新設、2002年10月には一部主要駅の無人化するなど、コスト削減努力と積極的な設備投資を行った。これが奏功して1995年度に約8億円に達していた営業赤字は減少したものの、2001年度以降はなお毎年4〜5億円の赤字を記録している(図4)。2004年度の営業赤字は4億6555万円であり、100円稼ぐために要する費用を示す営業係数は253となっている。
 以上のような状況の中で、2003年10月に南海は和歌山県・和歌山市・那賀郡貴志川町(当時)に対し、廃止も含めた抜本的経営改善策の検討開始を伝達し、翌年9月末には鉄道事業法に基づく事業廃止届を国土交通大臣に提出するに至った。
 
 
図3 貴志川線輸送人員の推移
(出所)南海電気鉄道資料をもとに作成。
 
図4 貴志川線営業損益の推移
(出所)南海電気鉄道資料をもとに作成。
 
3 貴志川線の社会的価値
3-1 自動車依存の進展と和歌山都市圏の持続可能性
 和歌山市を中心とする都市圏では都市の拡散と私的自動車依存の進展が見られる。この現象は、貴志川線を始めとする公共交通機関の衰退の大きな要因となっているばかりでなく、中心市街地の衰退や巨額の道路整備・維持費負担といった経済的問題、二酸化炭素排出量の増大といった環境的問題、交通事故の増加等の社会的問題を惹起しており、都市圏の持続可能性が危惧されている。
 和歌山市のDID(人口集中地区)面積は、1980年からの20年間で約23%増加した。しかし、DID人口は約6%の増加にとどまり、結果としてDIDの人口密度は約15%低下した(図5)。また、和歌山市全体の人口が減少傾向にある一方、同市の東側に位置する各町の人口は増加傾向にある(図6)。とりわけ岩出町では、国道24号バイパスや主要地方道泉佐野打田線等の道路整備が進展し、人口が1980年からの20年間で倍増して約5万人となり、ロードサイド型の大型小売店舗の集積も顕著である。同町にはDIDは存在せず、低密度の市街地が拡がっている。
 1980年からの25年間で、和歌山市の1世帯当たり自家用乗用車保有台数は0.65台から1.12台へと増え、旧貴志川町では同0.80台が1.53台に急増した。とりわけ、1990年代の増加は顕著であった(図7)。
 
図5 和歌山市のDIDの面積、人口、人口密度の推移
(注)1980年を100とした指数である。
(出所)国勢調査結果より作成。
 
図6 和歌山市と周辺市町の人口変化(1980年から2000年)
(注) 市町村名は「平成の大合併」以前のものである。
(出所)国勢調査結果をもとに作成。
 
 
図7 1世帯あたり自家用乗用車保有台数の推移
(注1)各年3月末現在。世帯数は住民基本台帳によった。
(注2)1980年は自家用・営業用の区別がないため、1981年の乗用車総数に占める自家用車数のデータを用いて補正した。
(出所)和歌山県『和歌山県統計年鑑』各年版と近畿運輸局和歌山運輸支局資料、新和歌山県軽自動車協会資料より作成。
 
 以上のように和歌山都市圏では自動車依存の進展と都市の拡散が見受けられるが、このことが環境・社会・経済に及ぼす影響について詳しく述べたい。
 まず、環境面であるが、1人を1km運ぶ際に排出する二酸化炭素を比較すると、自家用乗用車は173グラム、鉄道は18グラム、営業用バスは55グラムである。主要都市の人口密度と人口1人あたりのガソリン消費量との間には負の相関関係が見られる*3ことから、拡散型の都市ほど自動車依存が進み、単位あたりの二酸化炭素排出量が増える。また、わが国の窒素酸化物や浮遊粒子状物質の最大排出源は工場ではなく自動車であることにも注意すべきである。
 次に社会面であるが、わが国の人口10万人あたりの交通事故負傷者数は、1980年の518.9人を境に増加に転じ、2004年には927.1人となっている。交通事故死者数は減っているが、それでもなお、自動車を年間1万km、50年間運転した場合、おおむね100人に1人が死亡事故を起こし、300人に1人が事故死するという水準にある。自動車依存型社会における交通事故リスクは、当事者の家庭だけではなく、人材や社会的信用の喪失の形となって、当事者が所属する事業所にも及ぶ。
 近年、65歳以上の原付・自動車運転者が第1当事者となる交通事故件数が1993年から2004年までの11年間に2.93倍となるなど、高齢者の交通事故が社会問題化している。自動車依存型社会においては、クルマを運転できない人の外出機会が大きく制約される。少子高齢時代においては、誰もが安心・安全に、豊かなシルバーライフを謳歌できる社会を効率的に形成することが求められる。
 最後に経済面から考えてみよう。人口密度が低ければ、公園、集会所や公民館、上下水道、道路といった公共性の強い施設の整備・維持効率が落ちる*4。需要追随型の道路整備は、自動車増、渋滞発生、道路整備、公共交通や都心の衰退、都市の拡散、自動車増といった悪循環に陥りがちであり、交通社会基盤の整備・維持効率面で問題がある。さらに、自動車を1台保有すると、購入費、車検、税金、保険、ガソリン代など合計で1日あたり2〜4千円のコストがかかることにも留意すべきである。
 以上のような観点から、自動車での移動に依存した拡散型まちづくりを見直し、ある程度コンパクトにまとまった公共交通志向型のまちづくりへの転換が必要と考えられる。
 
3-2.貴志川線の社会的価値 
 モータリゼーションの進展に伴う以上のような問題については、今回の*5貴志川線存廃問題発生以前から産・官・学・民連携の「和歌山グランドデザイン策定委員会」において議論がなされてきた。同委員会作業部会は2001年4月に活動を開始し、市民ワークショップを積み重ねて、2003年11月には和歌山市のコンパクトシティ化を盛り込んだグランドデザイン素案*6を公表した。
 このような基礎的土壌もあって、貴志川線の存廃問題に対しても、まちづくり市民団体である和歌山市民アクティブネットワーク(略称はWCAN)を中心に、都市圏の持続可能性の観点からの議論が展開され*7、その成果の一端として筆者ら[2005]*8が発表された。この市民報告書の目玉は貴志川線存続の費用対効果分析である。具体的には、貴志川線存続という事業を実施するケースをwithケース、貴志川線を廃線しバス転換するケースをwithoutケースとして、社会的な費用と便益が推定され、オプション価値など貨幣換算が困難な項目についてもリストアップがなされた。費用対効果分析(ないし社会的費用便益分析)は通例、行政がコンサルタント等に委託して実施されるものであるが、貴志川線存続の費用対効果分析は企画からデータの収集、分析結果の吟味、報告書公表に至る全過程が地域住民参加型・原則公開のもとで実施された点に大きな特徴がある(図8)。
 
図8 貴志川線存続の費用対効果分析と住民参加
 
 分析の手順は基本的に運輸政策研究機構[1999]に依っているが、部分的にCO2排出抑制研究プロジェクト[2000]の算定式や、国土交通省[2003]等を用い、該当部分にはその旨が明記されている。条件設定などの詳細については筆者ら[2005]を参照頂きたい。分析のフローと結果の概要のみを以下に示す。
 
図9 貴志川線存続の費用対効果分析の流れ
 
 貴志川線存続による単年度の社会的便益額は、廃線後のバス転換率を約46%*9とした場合において約14.8億円と推定される(表1のケース2)。内訳は表3-1に示す通りであり、貴志川線の存続によって、道路渋滞の緩和による所要時間節約や交通事故の防止、大気汚染防止、交通費の節約といった便益が地域社会全体に及ぶことが推定される。社会全体のプラスの便益は事業者の欠損額を大幅に上回るものと推定され、貴志川線存続の社会的価値の大きさが確認できた。貴志川線存続後10年間の社会的費用便益比はケース2で7.0(総便益額が約124.4億円、総費用が約17.8億円)と推定される。
 貴志川線に対する主観的価値まで含めた社会的費用効果比はより大きいものと考えられる。主観価値には利用価値と非利用価値があり、前者には直接的利用価値(例として快適さ)や間接的利用価値(例えば市や町の活力向上への寄与)やオプション価値(例えば自分が年老いた時のために残しておきたいという価値)、後者には遺産価値(例えば将来世代のために残したいという価値)や代位価値(例えば自分は使わないが高齢者や生徒のために残したいという価値)や存在価値(例として町のシンボルとしての価値)がある。筆者ら[2005]ではこれらのリストアップのみがなされており、定量的な分析は行われていないが、少なくとも「貴志川線の未来をつくる会」会員の年会費合計約630万円を計上することはできるであろう。
 
表1 貴志川線存続による単年度の便益額
(出所)辻本・WCAN貴志川線分科会[2005]より転載。
 
4 貴志川線存続運動の展開
 貴志川線の社会的な価値は十分に大きく、鉄道としての存続が望ましい。しかし、社会的価値の大きさは存続の一要因に過ぎず、地域住民の取り組み等の諸要因も同等以上に重要であった。今回の貴志川線存廃問題の発生から2006年4月1日までの過程をまとめ、表2として示す。
 
表2 存廃問題の発生から和歌山電鐵設立までの過程

年月
存廃問題に関する事項
行政や事業者の活動 住民の活動
03.10
 
16日〜27日、南海、県・市・町に対し、事業廃止を視野に入れた抜本的経営改善策検討と伝達
 
03.11


 
7日、和歌山市長、貴志川町長が南海社長に営業継続を要請
 
22日、「南海貴志川線応援勝手連」(以下勝手連)がwebページ開設し、情報収集・提供活動を開始
21日、NHKニュースで廃止検討が報道される。県・市・町が対策協設立計画を公表
 
03.12 6日、南海貴志川線対策協議会発足  
04.2
 
2月から3月にかけて、和歌山市議会と貴志川町議会で存続を求める決議案可決 22日、「貴志川町くらしと環境をよくする会」主催のシンポジウム開催。町長ら登壇するも、聴衆数十名
04.4
 

 
10日〜5月29日、勝手連が連続ワークショップ開催
 
04.8


 
10日、南海、「貴志川線鉄道事業からの撤退について」を発表 5日、WCAN公共交通検討隊が初会合、貴志川線が主要議題に。後にタスクフォースとして貴志川線分科会を設立

 
8月頃、後に「貴志川線の未来を”つくる”会」(以下つくる会)となる住民組織が活動を開始
04.9




 
8日、市・町主催で「貴志川線存続に向けてのシンポジウム」開催。住民運動の重要性に焦点。聴衆約600名 2日、NHK総合テレビ「難問解決!ご近所の底力」で貴志川線問題放映。出演者を中心としてつくる会が本格始動
22日、市、存続時の収支シミュレーション結果を市議会で報告 21日、WCAN貴志川線分科会(以下WCAN)初会合
 
30日、南海、2005年10月1日を廃止予定日とする貴志川線の鉄道事業廃止届出届を国土交通大臣に提出
 
04.10

 
31日、県・市・町・運輸局・南海が繰り返し非公式協議を実施するも、「ほとんど話が進んでいない状態」との報道(同日付読売新聞)

 
04.11



 
22日、市長、収支シミュレーションの結果を公表。赤字大幅減の可能性があるものの、長期的行政負担は困難との従来の主張を繰り返す 12日〜19日、WCAN、沿線主要道路で交通量調査と所要時間調査を実施
 
29日、近畿運輸局で意見聴取会。「貴志川町くらしと環境を良くする会」やつくる会、県、市、町が参加 13日、勝手連、「駅評価ワークショップ」開催
 
04.12



 
13日、市、運営シミュレーションの結果を公表。1年目の赤字額は上下分離方式で1.8億円 12日、つくる会、フォーラム「乗って残そう貴志川線」開催。聴衆約800名
  19日、勝手連、竈山駅清掃イベント実施
  20日、岡崎駅隣接の和歌山東高で生徒らが討論会
  23日、つくる会、駅の美化イベントを開始
05.1


 

 
20日、WCAN、「貴志川線存続に向けた市民報告書 −存続の費用対効果分析と再生プラン−」を公表

 
23日、交通系・環境系の諸団体が一堂に会し、「貴志川線存続住民会議」を初開催
05.2



 
4日、県・市・町、貴志川線存続で合意。支援の枠組みを公表


 
23日〜3月22日、市・町、運行事業者を公募
 
27日、市・町とつくる会が沿線マップを作製し街頭で配布。南海、「貴志川線の日」として全線全区間を初乗り運賃に
05.3

 
  上旬、住民会議有志が継承事業者候補に打診活動

 
14日、WCAN、両備グループを継承事業者候補の筆頭と判断し、応募依頼状を送付。つくる会にも連名を求める
05.4
 
28日、市・町、応募者9者の中から両備グループの岡山電気軌道を選定
 
05.5
 
11日、岡電、継承受諾の会見を行い、和歌山市内に100%出資の新会社を設立すること等を発表 7日、沿線高校生徒会が中心となり、貴志川町で「貴線祭」開催。「活気づけよう貴志川線・和歌者の力で」がテーマ
05.6




 
9日、南海、貴志川線の「廃止の予定日の繰下げ届出書」を国土交通大臣に提出。廃止予定日が半年繰り下げられた
 
10日、WCAN、貴志川線分科会と公共交通検討隊を統合し、交通システム分科会を発足させる。同会は7月に交通まちづくり分科会(以下、WCAN交通と略記)と改名され、毎月1回の開催となった
27日、岡電、継承事業者として和歌山電鐵株式会社を設立

 
29日、WCAN、「人と環境にやさしい交通をめざす全国大会in宇都宮」で貴志川線の再生事例を報告
05.7
 

 
27日、つくる会が貴志川線の利用促進に関する会員アンケートを実施し、調査結果を和歌山電鐵に手渡す
05.10









 
4日、和歌山市、9月定例議会で和歌山電鐵への10年間の補助費を含む一般会計補正予算案を可決 16日、つくる会が和歌山電鐵社長らを迎えて「走れ未来へ、貴志川線」を開催。参加者約750名

 
4日、和歌山県、9月定例議会で南海からの用地取得費用2億3000万円を含む一般会計補正予算案を可決
4日、和歌山電鐵社長が和歌山市内で講演し、「歩いて楽しいまちづくりが必要。車社会が進みすぎるとまちは通り過ぎるだけになってしまう。パーク&ライドを導入し、欧州のように市内は公共交通を利用するようなまちづくりを行政や市民とともにつくっていきたい」と発言 中旬、WCAN交通、国土交通省にモビリティ・マネジメントの実施を主眼とした「和歌山21世紀型交通まちづくりプロジェクト」を提案し、その円滑な実施に向けて地元自治体や交通事業者、経済団体との交渉を開始
 

 
16日、つくる会、「走れ未来へ 貴志川線」開催。参加者700名
05.11
 
7日、貴志川町、打田町・粉河町・那賀町・桃山町と合併して紀の川市となる 12日、勝手連とWCAN交通、「全国鉄道まちづくり会議上田市大会」で貴志川線の再生事例を報告
05.12   17日、つくる会、竈山駅と日前宮駅で大掃除、40名参加
06.1


 
上旬、WCAN交通のプロジェクトが国土交通省の「公共交通活性化総合プログラム」に採択される
31日、近畿運輸局とWCAN交通が事務局となった「和歌山21世紀型交通まちづくり協議会」が発足。和歌山県、和歌山市、紀の川市、海南市、岩出町、南海、JR西日本、和歌山バス、和歌山県バス協会、和歌山商工会議所と学識経験者が参加して産官学民連携体制を構築し、「和歌山21世紀型交通まちづくりプロジェクト」実施に協力することで合意
06.2
 
28日、南海から和歌山電鐵への鉄道事業譲渡譲受が認可される
 
06.3




 
18日、貴志川線運営委員会が初開催される。運営委員会メンバーは、和歌山県総合交通政策課長、和歌山市交通政策課長、紀の川市貴志川町企画課、沿線の学校代表(教員代表、保護者代表、生徒代表)、住民代表(貴志川線の未来をつくる会、WCAN等から計4名)、和歌山電鐵株式会社(代表取締役専務、常務取締役、鉄道部長の計15名。オブザーバーとして近畿運輸局及び和歌山運輸支局
31日、南海貴志川線が運行終了。同社は3月中に貴志川線沿線で様々なイベントを実施
 
06.4


 
1日、和歌山電鐵開業。
WCAN交通まちづくり分科会、和歌山駅地下広場にて「貴志川線を祝う広場」開催。わかやま電鉄記念乗車券の販売や、同電鉄車両の新しいデザイン「いちご電車」のパネル展示、つくる会提供のビデオ上映、公共交通利用啓発チラシの配布などを実施。
(出所)つくる会資料(http://kishigawa-sen.com/)、勝手連資料(http://ocean.hp.infoseek.co.jp/index.htm)、南海資料及びWCAN資料を参考に作成。
 
4-1 従来型モデル維持への期待と行き詰まり
 今回の存廃問題の発生後、和歌山県、和歌山市と旧貴志川町はただちに「貴志川線対策協議会」*10を設立し、南海存続を求める署名活動を展開したほか、市長と町長が南海社長に対して存続を求める要請を行い、国・県・市・町・南海の五者による会議も頻繁に開催された。ただし、これらの活動はいずれも南海の内部補助に頼った存続を期待してのものであり、従来型モデルの枠を越えるものではなかった。
 一方、住民側の目立った活動は、「南海貴志川線応援勝手連」(以下、勝手連と略)による情報収集・提供やワークショップの開催と、2004年2月に貴志川町内で開かれた「貴志川のくらしと環境をよくする会」(以下、よくする会と略)主催のシンポジウムのみであった。このシンポジウムには町長も登壇したが、聴衆は数十名に過ぎなかった。その後も住民活動は湿り勝ちで、「貴志川線の未来をつくる会」(以下、つくる会と略)の会員募集開始は同年8月、WCAN貴志川線分科会(以下、WCAN貴志川と略)の設置も同年9月を待たなければならなかった*11。市議会や町議会によって存続を求める決議がなされたものの、住民側の存続活動が盛り上がらない中では、県・市・町による存続決断は期待できなかった。このように、廃止計画の公表から約1年間、本来主役たるべき住民側の活動もまた、いわゆる「お上頼み」という従来型の発想を脱することはできなかったのである。
 
4-2 新モデルへの転換と存続実現
 状況が急展開したのは2004年9月であった。NHK総合テレビ番組「難問解決!ご近所の底力」における貴志川線問題の放映(2004年9月2日)と、その6日後に開催された和歌山市・貴志川町主催の「貴志川線存続に向けたシンポジウム」の開催を契機として、住民運動が爆発的な盛り上がりを見せたのである。このシンポジウムは、住民運動の活性化を主な目的として開催されたが、主催者(特に貴志川町)による周到な準備や、NHK放映の直後という好条件も手伝って、台風接近による警報発令中にも関わらず約600名の聴衆を集めた。
 活発に行動したグループは先に挙げた勝手連*12、よくする会、つくる会、WCAN貴志川の4者である。これら4グループの会員数、目的、活動の特色等を表3に示す。NHK放映や行政主導シンポジウムの開催に助けられる形ではあったが、ここに来てようやく、お上頼みの従来型発想から、「地域のことは地域で考え自ら行動する」という新しい動きへの転換が始まったのである。
 
表3 貴志川線存廃問題に関わった主な住民団体             (特記なき限り、2005年9月現在)

 
貴志川線の未来をつくる会 貴志川町くらしと環境をよくする会 南海貴志川線応援勝手連
 
和歌山市民アクティブネットワーク(WCAN)
会員数 6310名 117名 44名(ML登録者数) 175名
目的


 
貴志川線存続の関係機関への働きかけと、沿線住民等への啓発活動
 
貴志川町のくらしや環境に関わるさまざまな問題で町民の生活に直接影響の及ぶ事柄をとりあげて、町民と一緒に考える 貴志川線問題に関係する情報の集積と、貴志川線問題に対する市民の目からの提案 和歌山市の中心市街地などを元気にすることを目的として種々の活動をすること
 
組織形態

 
代表:M口晃夫(長山団地区長)、副代表1名、事務局長1名、会計1名、幹事若干名、監事2名 会長:奥村明春(医師)、副会長1名、事務局長、次長、世話人(小学校区に1〜2名)
 
世話人1名。特にこれといった形態はなく、行動を起こしたい人が手を挙げる組織 代表:小田章(和歌山大学長)、事務局:(財)和歌山社会経済研究所、分科会:交通まちづくり分科会ほか計11
参加資格
 
年会費1000円を納め入会申込書を提出した者
 
貴志川町民で会の趣旨に賛同頂ける人
 
特になし。ただしむやみに存続を訴える組織ではない旨を承諾すること 自立した良識ある市民で和歌山が好きな人
 
活動の特色







 
貴志川線存続運動のシンボル的組織である。駅の日常的な美化活動から大規模なイベントの開催まで幅広く活動している




 
上記目的達成のために専門家を招いての学習会やシンポジウム、対話集会などを開催している。今回の存廃問題に関して、最初に大規模なイベントを実施した組織である。近畿運輸局による意見聴取会に参加した住民団体は、この会とつくる会のみである
 
情報収集・発信力に優れた組織である。現在はインターネット上を中心に活動しているが、つくる会設立以前には連続ワークショップの開催等多彩なイベントを展開した


 
市民シンクタンクとしての性格を有し、企画・調査・実行力に特色。貴志川線存続の費用対効果分析を行ったほか、両備グループ会長への応募依頼状(通称ラブ・レター)送付を提唱し、つくる会に連名を呼びかけた。存続決定後も、持続可能な和歌山都市圏の形成を意識して活発に行動中
設立 平成16年8月 平成13年12月 平成15年11月 平成15年7月
(注)WCAN交通まちづくり分科会は、WCAN公共交通検討隊とWCAN貴志川線分科会を発展的に統   合する形で設置された。
(出所)各団体提供資料(Webページ掲載資料を含む)を参考に筆者作成。
 
 
 このような中、県・市・町は、南海や国を交えた公式・非公式の会合を引き続き重ねていたが、2004年10月末現在では「ほとんど話が進んでいない状態」にあった(同年10月31日付読売新聞)。南海貴志川線対策協議会と和歌山市はそれぞれ貴志川線存続時の収支シミュレーションを実施した(同会[2004]と同市企画部交通政策課[2004])が、市長は長期的行政負担は困難との主張を繰り返し、2005年1月14日段階では県・市・町の間で負担割合に関する話はまとまっていなかった(同日付和歌山放送)。
 一方、住民側の活動はさらに活発化していった。つくる会の会員数は2004年10月上旬に約2000名、2005年1月上旬には約5500名に達した。同会や勝手連は駅の美化活動やフォーラムの開催等を次々と実施した。和歌山東高等学校では貴志川線存廃問題をテーマとした公開討論会が開かれ、同校の生徒会長が沿線の短期大学や高等学校に「貴線祭」の開催を呼びかけた。沿線の生徒らは開催に向けて実行委員会を組織し、2005年5月に貴志川河川敷で「貴線祭」を開催、約680名の来場客を集めた。2005年1月には沿線の主な交通系・環境系住民団体と個人が大同団結し、「貴志川線存続住民会議」*13(以下、住民会議と略)の第1回会議を開いた。この会議では、WCAN貴志川が貴志川線存続の費用対効果分析結果を盛り込んだ市民報告書(筆者ら[2005])の概要を説明し、読売・毎日・朝日各紙で報道された。
 県・市・町は、このような住民運動に後押しされる形で同年2月4日、貴志川線の存続で合意した。和歌山県知事は、支援の理由として、周辺人口が増加傾向にあることと、バスにしても道路事情が不十分であることを挙げた(2005年2月5日付朝日新聞)。県・市・町による支援の枠組みを表4に示す。鉄道用地は市と町が保有し、運営は民間事業者が行う実質的な上下分離方式が採用されたほか、和歌山県による用地取得費全額補助や大規模修繕費(累計上限2.4億円)の支出、市・町による運営費補助(10年間で8.2億円が上限)等が決定された。運営費補助額の算定根拠を図10に示す。運営費補助額の負担割合については、沿線人口や駅数と市町の財政力指数等を基準に、和歌山市が65%、旧貴志川町が35%と算定されている。
 
 
表4 県・市・町による貴志川線支援の枠組み
(出所)2005年2月7日付わかやま県政ニュースを参考に作成。
 
 
 
図10 運営費補助額の算定根拠
(出所)和歌山市[2004]を参考に筆者作成。
 
 運営継承事業者は公募されることとなり、同年2月23日から1ヶ月間が募集期間に充てられた。住民側も、継承事業者の最有力候補と目された両備グループへの応募依頼状(通称「ラブ・レター」。資料1を参照のこと)送付をWCAN貴志川が提唱し、つくる会の連名を得た上で実行するなど、候補事業者への打診活動を展開した。
 私どもは、貴志川線のような地方鉄道の運行を将来にわたって持続する責任は、運営会社や補助をする行政だけにあるのではなく、当然地域住民も責任を持って協力すべきものと考えております。この考えの基に現在、われわれは貴志川線に積極的に乗車しているだけでなく、貴志川線各駅の清掃・植栽や、集客イベントの企画と実施、並行道路交通状況の調査分析活動、市民ファンド勉強会、和歌山都市圏の交通ビジョンの提案、地域住民への啓発活動等を積極的に行っております。勿論、引き続いて、沿線の各種団体と連携しながら、運営引き継ぎ会社をさらに強力にバックアップする覚悟でおります。どうか、私どもの真摯な願いをお汲み下さり、貴志川線運営引き継ぎ会社として応募下さいますよう、心よりお願い申し上げます。貴グループを和歌山都市圏の仲間としてお迎えできる日を、心からお待ち申し上げております。
資料1 貴志川線沿線住民の決意
(出所)WCAN貴志川線分科会が作成し、同公共交通検討隊と貴志川線の未来をつくる会の連名を得て岡山電気軌道社長宛に送付した応募依頼状より転載。
 
 この結果、非運輸事業者も含め7企業・2個人の計9者が応募した。選考過程は公開されなかったが、運輸業のノウハウや安全性、財務状況の優良性から両備グループの岡山電気軌道株式会社(以下、岡電と略称する)が選定された*14。岡電の応募理由には、貴志川線沿線地域住民の熱意や行政・議会の存続意思、南海の協力意思*15からなる三者一体感の他に、岡山のRACDA(路面電車と都市の未来を考える会)からの要請も挙げられている*16
 
図11 貴志川線運営継承事業者の公募と選定
 
5 今後の展望と課題
5-1 和歌山電鐵株式会社の組織と収支見通し
 岡電は2005年6月27日に100%出資の和歌山電鐵株式会社(以下、和電と略称する)を設立した。同社の組織図を図12に示す。和歌山常駐の組織は、執行責任者1名以下30名体制である。経営責任者である社長と専務は和歌山には常駐せず、無給である。有識者、沿線住民や関連機関からなる貴志川線運営委員会を組織図の中に組み入れていることも特徴的である。この委員会の構成員等の詳細は固まっていないが、イベント電車の企画や、利用者の立場からの率直な提言が期待されている。
 
 
図12 和歌山電鐵株式会社組織図
(注)2005年7月段階の構想であり、開業までに変更される可能性がある。 
(出所)岡山電気軌道資料より加筆・転載。
 
 和電の組織は、南海の42人体制よりも大幅に少ない30人体制となっており、10年間の欠損額を8.2億円以内に収める可能性がある。和電が発表した経営改善計画では、運行開始後9年間は赤字となるが、2015年に単年度で1000万円の黒字に転じ、10年間の累計欠損額は7.2億円程度と見込まれている。和電では和歌山駅東口への専用改札口の設置や、JR阪和線に合わせた時刻改正、1年定期券の導入等の利便性向上策を検討しているほか、パークアンドライドの導入や地元企業主導の沿線開発も検討している*17
 なお、和歌山市と紀の川市からの補助は2005年末時点ではあくまで欠損補助とされており、和電側には経営効率改善のインセンティブが働きにくい。欠損額を運営費補助額上限以内に収め、あるいは黒字を確保した場合には、地元自治体や地域住民からその経営努力に見合う褒賞が与えられるような仕組みの構築が求められる。例えば、運営費補助上限額と欠損額との差額を基金として積立てれば、車両等の設備更新やICカード導入、安全性向上といった積極投資を期待でき、貴志川線の継続可能性が高まるものと考えられる。また、貴志川線を含む鉄道・バス沿線に都市機能を政策的に集積させ、新規の需要を開拓するとともに、開発利益を還元することも重要である。
  
5-2 貴志川線存続決定後の住民活動 
 2006年1月現在、住民活動は引き続き活発に展開されている。中でもWCANは貴志川線分科会を発展させて「交通まちづくり分科会」を設立し、国や地元自治体、交通事業者、経済団体、関連市民団体、研究者と連携しながら各種のプロジェクトを展開中である。この分科会の目的は、「環境・社会・経済が鼎立する持続可能な和歌山都市圏を実現するために、車での移動に頼り過ぎたこれまでの都市のあり方を見直し、徒歩・自転車・公共交通と調和するコンパクトなまちづくりに向けて種々の調査・研究や提言を行うとともに、自ら先頭に立って活動する」*18ことにあり、同分科会では「まちづくり」と「交通政策・交通計画」の融合や、産官学と市民の連携を特色とする新しいまちづくりの進め方のことを「21世紀型交通まちづくり」と呼んでいる(図13)。2006年1月には同分科会が提案した「和歌山21世紀型交通まちづくりプロジェクト」が国土交通省の公共交通活性化総合プログラムに採択され、同月末には市民団体(WCAN交通まちづくり分科会)、交通事業者(西日本旅客鉄道、南海電気鉄道、和歌山電鐵、和歌山バス、和歌山県バス協会)、地元自治体(和歌山県、和歌山市、海南市、紀の川市、岩出町)、国土交通省近畿運輸局、経済団体と学識経験者で構成される「和歌山21世紀型まちづくり協議会」が設置されている。この協議会の事務局機能は近畿運輸局とWCAN交通まちづくり分科会が担当しているが、市民団体がこの種の協議会において主導的立場を担うことは異例である。
 21世紀型交通まちづくりプロジェクトでは、利用者視点による「まちづかいマップ」の作製や配布、都心の事業所への通勤者や鉄道沿線住民を対象としたモビリティ・マネジメントの実施等が計画されている。このような住民参加型の取り組みが成功し、公共交通を活用した持続可能な都市圏形成への道が開かれるならば、沿線地域の先進性はさらに高まるであろう。
 
図13 21世紀型交通まちづくりと和歌山都市圏の持続可能性
 
5-3 結語
 今回の貴志川線存廃問題を契機として、沿線地域では公共交通と住民との絆が強化されるとともに、交通政策への住民参加も促進された。ドイツには「愛は時間を忘れさせ、時間は愛を忘れさせる」という諺がある。貴志川線の存続決定後の地域社会にとっては、同線と住民や行政との絆をいかに維持し、強化するかが重要な課題となる。沿線地域住民には、従来型の行政主導型まちづくりへの郷愁を捨て、「批判型・受け身型」の姿勢から「提案型・能動型」の姿勢への明確な転換を望みたい。住民参加による鉄道再生の試みには、住民も、行政も、交通事業者もまだ慣れていない。貴志川線という有形資産を次代に残すこともさることながら、住民参加の土壌という無形の資産を残すことも、現世代の務めではないだろうか。
 
 
 
[参考文献]
1)青山吉隆編[2001]『第2版 図説 都市地域計画』、丸善。
2)運輸政策研究機構[1999]『鉄道プロジェクトの費用対効果分析マニュアル』。
3)海道清信[2001]『コンパクト・シティ』、学芸出版社。
4)国土交通省[2003]「費用便益分析マニュアル」、http://www.mlit.go.jp/
road/ir/hyouka/plcy/kijun/bin-eki.pdf 。
5)国土交通省鉄道局監修[2004]『平成14年度鉄道統計年報』。
6)同上[2005]『平成15年度鉄道統計年報』。
7)CO2排出抑制研究プロジェクト[2000]「運輸システムの高度化によるCO2排出抑制に関する研究」日交研シリーズA-286。
8)武知京三「わが国軽便鉄道史の一側面−山東軽便鉄道の場合−」『歴史研究』第21号。
9)辻本勝久編著・WCAN貴志川線分科会著[2005]『貴志川線存続に向けた市民報告書〜費用対効果分析と再生プラン〜』、和歌山大学経済学部『Working Paper Series』No.05-01。
10)南海貴志川線対策協議会[2004]「南海貴志川線沿線交通対策調査概要報告書」。
11)三船康道・まちづくりコラボレーション[2002]『まちづくりキーワード事典 第二版』、学芸出版社。
12)和歌山市企画部交通政策課[2004]「貴志川線の運営収支について」(和歌山市議会平成16年12月定例会総務委資料)。
13)和歌山市[2005a]「市報わかやま」No.720。
14)和歌山市[2005b]「市報わかやま」No.723。
15)和歌山グランドデザイン策定委員会[2003]『和歌山グランドデザイン(素案)2030年和歌山へのタイムトラベル』。

*1 国土交通省鉄道局監修[2005]による。
*2 2005年度より貴志川線各駅周辺500m内(農用地区域等は除く)で市街化調整区域の立地基準が追加され、住宅や店舗等の立地が可能となった。ただし、同時に貴志川線に並行する県道13号線の一部区間の沿道50m内においても立地基準が追加されている。詳細は、和歌山市http://www.city.wakayama.wakayama.jp/tokei/osirase/kaihatu/kanwa_top.htm を参照のこと。
*3 青山吉隆編[2001]、9頁。
*4 海道清信[2001]、200〜202頁。
*5 貴志川線には和歌山鉄道時代の1939年にも存廃問題が持ち上がり、株主総会で専用道化やバス・トラックへの転換が決議されたが、地域住民による反対決議案可決等によって存続に至った。詳しくは、武知[1980]61-85頁を参照のこと。   
*6 和歌山グランドデザイン策定委員会作業部会[2003]。コンパクトシティとは、持続可能な都市の空間形態の一つと考えられており、その最大公約数的な定義は「主要な都市機能を一定の地区に集積し、住宅、商業、業務等都市的土地利用の郊外への外延を抑制して市街地の広がりを限定し、その市街地内について公共交通機関のネットワークを整備し、車に大きく依存しなくても生活できる都市」(三船ほか[2002]24頁)である。
*7 和歌山グランドデザインの詳細を検討する目的で設立されたのがWCAN公共交通検討隊であり、そのタスクフォースとしてWCAN貴志川線分科会が生まれた。同線存続決定後には、両者が統合・発展してWCAN交通まちづくり分科会となった。
*8 http://tsujimotolab.livedoor.biz/ に全文を公開している。
*9 バス転換後の運賃を1.5倍値上げ、便数を毎時1本増便とし、経路は貴志川線に並行する一般道とした場合である。南海貴志川線対策協議会[2004]のシミュレーション結果では、この場合のバス転換率を46%としており、筆者ら[2005]もこれに倣った。
*10 和歌山市長、貴志川町長、両市町の議会議長、和歌山県企画部長、沿線の11の自治会・自治区長会の代表で構成され、会員数は16名であった。
*11ただし、既存のWCAN公共交通分科会内では早くから貴志川線問題に関する議論がなされていた。貴志川線分科会は、公共交通分科会のタスクフォース的な位置づけで新設されたものである。
*12 勝手連は貴志川線存続を目的とした組織ではなく、あくまで中立の立場を貫いている。
*13 貴志川線存続住民会議をめぐっては、つくる会内部で代表を中心とする静観派と推進派の意見対立がある。このため、2006年1月現在、住民会議は休眠状態にある。ただし、WCAN交通まちづくり分科会の定例会につくる会や勝手連の主要メンバーが常時参加しているなど、有志レベルでは活発な交流が行われている。
*14 和歌山市[2005a][2005b]。
*15 南海は、和歌山電鐵に対し、線路や車両、駅舎などの設備を無償譲渡する。用地については、和歌山市と紀の川市が県からの補助を受けて南海から2億3000万円で取得し、和歌山電鐵に無償貸与する(以上、2006年1月21日付毎日新聞地方版記事)。南海は従業員教育でも和歌山電鐵に協力している。
*16 岡山電気軌道(株)「新会社の事業計画等について」http://www.okayama-kido.co.jp/
*17 2006年1月21日付け毎日新聞地方版記事。
*18和歌山市民アクティブネットワーク交通まちづくり分科会「市民参加型の公共交通活性化(21世紀型交通まちづくり)の取り組み」、第1回和歌山21世紀型交通まちづくり協議会資料、2006年1月31日。