多元的に読む「日本型雇用システム」
中野 麻耶(教育学部学生)
『新しい労働社会―雇用システムの再構築へ』
濱口桂一郎(著)
岩波新書 2009年 税込799円
『ホワイト企業 サービス業化する日本の人材育成戦略』
高橋俊介(著)
PHP新書 2013年 税込864円
『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』
今野晴貴(著)
文春新書 2012年 税込832円
今回、取り上げる著書は、濱口桂一郎の『新しい労働社会―雇用システムの再構築へ』、高橋俊介の『ホワイト企業―サービス業化する日本の人材育成戦略』、今野晴貴の『ブラック企業―日本を食いつぶす妖怪』の3点である。これらの作品はすべて、現在の労働問題について書かれているが、それぞれの著者である三者の立場が様々であるため、同様の問題・関心であっても見方や解釈が異なっている点に、これらの著書を通して読むことの面白さがある。そこで、まず三者の立場を簡潔にまとめると、以下のとおりである。濱口桂一郎は、大学教授や厚生労働省への勤務の経歴から、経営者・労働者のどちらでもない第三者の立場から労働問題を見つめている。また、高橋俊介は代表取締役社長を務めたり、独立して会社を設立した経歴から、経営者としての視点に立っている。さらに、今野晴貴は、NPO法人POSSEの代表として、若者からの労働相談を受ける等の活動から、労働者側の立場に立っていると言える。
これらの著書では、労働問題とは、長時間労働、低賃金、社会保障などの様々な問題であり、その問題は、元来労働者にとって有益であるはずだった、長期雇用や年功序列制度等の日本型雇用システムに原因があると述べている。さらに、これらの労働問題に対して、少なからず三者の立場がある以上、問題意識は1つに絞られないことは明らかである。そこで、それぞれの著者が、日本型雇用システムが引き起こす問題をどのように捉えているのか、また、労働問題に対してどのような解決策を提示しているのかを整理することにする。そして、それらを比較・検討することによって、それぞれの立場による見方の特徴を精選し、日本型雇用システムが引き起こす問題を見つめ直すことができる。
1冊目の著書、『新しい労働社会―雇用システムの再構築へ』では、正社員の長時間労働や厳しい労働条件は、日本型雇用システムによってもたらされる問題であると述べている。著者は、正社員には深刻な長時間労働によってワークライフバランスが確立されていないことが問題視されているが、これは長期雇用を維持するためには仕方のないことだという認識が原因であると指摘している。つまり、多くの人材を使って仕事を分担していると、経営難に陥った時に必然的に多くの労働者を解雇しなければならないことになるが、普段から少ない人材で長時間かけて仕事をこなすことで、このような事態が起こっても解雇されずに済むのである。現在の日本では、日本型雇用システムによって長期雇用が約束されているため、長時間労働はむしろ当然のことであると言うことができるかもしれない。また、年功序列制度についても、正社員を厳しい労働条件で働かせ続ける原因となっているということが指摘されている。具体的には、年功序列制度は賃金だけではなく、社会保障においても採用されており、転職や再就職をしてしまうと、勤続年数が振出しに戻るため、賃金、生活給ともに少なくなってしまう。そして、一気に生活水準が下がるという事態が引き起こるため、どれだけ厳しい状況下で働いていても、同じ場所で働き続けなければならないのである。このように、著者は、日本型雇用システムを維持することは、労働者のワークライフバランスの確立を遠ざけ、さらに労働者がその状況下から抜け出せない構造を作り出していると捉えている。そこで、著者はこの問題の解決策として、労働者代表が使用者代表とともに政策決定過程にきちんと関与し、労使がお互いに適度に譲り合って妥協に至り、政策決定をしていくことが重要であると考えている。
2冊目の著書、『ホワイト企業―サービス業化する日本の人材育成戦略』では、経営者の立場からこれからの労働社会において必要な若者の人材育成について論じている。ここで指摘されている日本型雇用システムの問題点は、管理職が人材育成の重要性を理解していないということである。日本の場合、年功序列制度が根付いているために、職務概念が弱く、序列概念ばかりが強いので、管理職を過去の貢献の報酬やステータスと捉えるケースが少なくない。そのため、管理職の技量が不十分であり、育成のスキルがなくとも、若者はその管理職の下で働かざる負えなくなり、結果的に若者は成長することができなくなると述べている。また、日本型雇用システムにおいては、メンバーシップの維持が最重点におかれるので、その入り口における管理が重要視され、採用における新規卒業者定期採用制が特徴となっている。これが原因となり、初期の段階で優秀か優秀でないかの人物評価が行われ、その後の社会人による学びなおしの抑制につながり、若者の成長を妨げることも指摘している。著者は、これらの解決策として、管理職は人材育成の方法を学び、序列による育成ではなく、一つの仕事として考えなければならないと述べている。そして、昨今の環境変化への対応を迅速に行い、管理職が若者の技量や成果を理解し、歩み寄る姿勢が大切であることを日本社会は認識していかなければならないとする。
3冊目の著書、『ブラック企業―日本を食いつぶす妖怪』では、労働者の立場からブラック企業問題について論じている。著者は、ブラック企業について、明確に企業の側の問題を表すものであると捉えており、個人としての問題だけではなく、社会問題にまで視野を広げて論じている点が特徴である。ブラック企業で行われている異常な命令は、ブラック企業独自というよりも、日本型雇用システムから引き継がれ、悪用されているものであると、著者は指摘している。つまり、企業全体が、長期雇用と年功序列制度と引き換えに、柔軟に命令を引き受ける環境になってしまっているのである。さらに、長期雇用を維持するためには、長時間労働や業務の変更などに対応することが求められることになる。しかし、著者は、最も深刻な問題とは、ブラック企業だと理解していながらも働き続けなければならないところであり、これは就職活動による若者のマインドコントロールが原因であると指摘している。そのため、企業は正規雇用を求める若者を巧みに利用し、命令だけは過剰に、しかし雇用は保障しないという、これまでの日本型雇用システムのいいとこどりをしていると捉えている。著者は、このような問題が引き起こる原因について、命令の契約内容に制限がないこと、労働者と会社の間で日本型雇用を守るという明確な合意や、これを破った場合には会社に責任を取らせるという文化が成立していないからであると指摘している。そして、著者はこのような構造を確認した上で、日本型雇用の弊害を縮小するためには、労働時間規制や業務命令に対する制約を確立していくことが解決策であると述べている。
以上、三者の立場から見た、日本型雇用システムの問題について整理したが、すべてに共通する点は、年功序列制度による序列概念が現在の日本社会に即していないにも拘わらず、維持し続けられているという指摘である。それぞれの著書から、管理職の育成、強力な命令権、また、社会保障が確立されていないまま継続されているという問題点が抽出できた。管理職の育成は経営者側が、強力な命令権については労働者側からそれぞれ指摘しているが、経営者側が提示している管理職の改善は、労働者側が指摘した問題点の改善へもつながると考えられる。また、それぞれが示した解決策として、労働者側は「務命令に対する制約を確立していくこと」と述べ、経営者側は「管理職は人材育成の方法を学び、序列による育成ではなく、一つの仕事として考えなければならない」と述べている。すなわち、両者とも企業内の問題点を指摘し、解決策も企業にゆだねている。さらに、第三者から見ると、その原因は社会保障が確立されていないがために、労働者は正社員に保障されている年功序列から離れられないことにあると述べている。このように三者の立場から見ても、企業側、つまり経営者側に問題点や改善点が現れることが指摘できる。そうすると、解決策としては、経営者側が日本型雇用システムである年功序列制度による序列概念の撤廃に努めることが必要であると考えることができるのではないだろうか。